【自主レポート】

第37回土佐自治研集会
第11分科会 自治研で探る「街中八策」

 東山動植物園再生プランは、2010年5月に新基本計画を策定し、開園100周年を迎える2036年度までを整備期間として、ゾーンやエリア毎に整備を進めています。第二期事業計画(2015年度~19年度)に計画されているアフリカゾーン「アフリカの森エリア」整備において、チンパンジーを始めとしたアフリカの野生動物の生息地調査及び行動観察を元にして、施設演出、展示施設整備を進めてまいります。



施設整備の観点から野生動物の生息地を調査して


愛知県本部/自治労名古屋市労働組合・土木支部 中村 直嗣・近藤 裕治

1. はじめに

 「アフリカの森エリア」の施設整備をよりよいものとするため、2016年9月21日から9月30日までの10日間、チンパンジーを始めとしたアフリカの野生動物の生息地調査及び行動観察を実施した。生息地調査は、全国の動物園関係者、研究機関、一般希望者の計12人による「アフリカ・タンザニア研修」に参加する形で実施した。なお、本市と京都大学は、2008年6月18日に「名古屋市と京都大学との連携に関する協定」を締結しており、研修参加のために京都大学霊長類学ワイルドライフサイエンス・リーディング大学院から1人分の旅費支援を受けた。

「アフリカの森エリア」位置図

チンパンジー生息地と生息地調査位置
(松沢哲郎「進化の隣人ヒトとチンパンジー」に加筆)

2. 施設整備の観点から野生動物の生息地を調査して

(1) 整備計画の概要
 「アフリカの森エリア」の諸施設は、動物園担当係長、獣医、飼育職員、再生整備課が中心となり、外部有識者・研究者に助言を求めながら、2013年度に基本設計、2014年度に実施設計をとりまとめた。
 2015年度から整備に着手しており、撤去・基盤造成工事は、既に完了している。現在は、獣舎整備に関する一連の工事(~2017年9月末)と屋外展示場の整備工事(~2018年3月末)が進捗中である。また、最後の仕上げとなる造園工事と、屋内観覧通路の展示装置設置工事が予定されている。

(2) 整備内容の充実
 2015年度から整備に着手しており、また敷地条件、全体事業費の面から整備内容はほぼ固まっているが、生息地調査及び行動観察を行い、以下の事項について整備内容の充実を図っていきたい。
① チンパンジータワー

 チンパンジータワーは、最大高さ15m、延長約25mの施設として設計されている。設計当初から"高い位置で横に移動するチンパンジーの行動"を誘発することをめざして計画されている。
 今回、タンザニアの現地では"野生チンパンジーの移動"を観察できた。人間は地べたを歩くので、アップダウンのある地形に苦労したが、チンパンジーは果実を採食しながら、樹冠をゆうゆうと移動していた。このような行動を野生下で観察できたことは、施設整備の方向性が間違っていないことを再確認するものであった。
 また整備内容の充実の観点からは、"ツル"の存在があげられる。野生チンパンジーは、両手・両足を巧みに使って"ツル"をつかみ、"移動""採食""休息"していた。新チンパンジータワーでは、タワー間を横に連結するようにロープを多数設置する計画であるが、野生下で観察した"ツル"のように、吊り下がったロープ・消防ホースが重要だと感じた。ロープや消防ホースの張り方は、施工段階で模型を作成し再度詳細に検討することになっているため、今回の観察を踏まえ、チンパンジーの野生下の行動を引き出せる施設として充実を図っていきたい。
② アリ塚など給餌装置
 動物園では、飼育動物の環境エンリッチメント(※)のため、時間をかけて採食できる仕掛け(給餌装置)を準備することが有効である。
 タンザニアの現地では、多くのアリ塚を発見した。またアリ釣りをする親子チンパンジーを観察した。野生下の採食行動(アリ釣り)は、1時間を超えていた。特に親チンパンジーは、飽きもせず黙々とアリ釣りをしていた。現地では果実が豊富であり、アリ釣りをするより果実を採食する方が効率がいいと思われるので、非常に不思議であったが、同行した研究者からは「人にとってのパチンコみたいなものと考えてはどう?」とアドバイスを受けた。
 そこで、整備内容の充実の観点から、今回整備する給餌装置は、現獣舎より難易度を高くして、チンパンジーの採食時間を長くしたいと考えている。具体的には、給餌装置内にセットするジュースやヨーグルトをチンパンジーからあえて見えないようにして、複数の"アタリ"と"ハズレ"の給餌口を設置し、チンパンジーの採食行動にゲーム性をもたせてはどうかと考えている。
 アリ塚などの給餌装置は、擬岩処理を中心とした1点ものの造形物として施工業者と何度も打合せながら形を詰めていくことになる。今回の観察を踏まえ、施設を充実させていきたい。
※ 環境エンリッチメントとは、動物福祉の立場から、豊かな飼育環境を実現するための具体的な方策のこと。

(3) 施工資料の収集
 新施設の観覧園路や室内展示室の床の色として"アフリカの赤土色"を検討しても面白いと考えていた。また屋外運動場は、ゴリラもチンパンジーも高さ4~5.2mのコンクリートで囲われる。コンクリート打ちっぱなしでは味気ないが、着色するとなると大面積になるため、色選定が非常に悩ましい。更に、アリ塚、倒木風の給餌装置は、擬岩処理を中心とした1点ものの造形物として仕上げていくが、仕上げの見本となる写真やサイズ感が分かる資料が必要となる。今回の研修において、動物以外も調査対象として資料を収集した。
① 色のサンプリング

 "アフリカの赤土色"を再現するには、赤色の程度を数値で示す必要がある。海外から日本へ土を持ち込むことはできないので、色見本を持参し現地で赤土色のサンプリングを行った。また折角の機会なので、現地の木の幹、現地の建物の外壁、現地看板などの色のサンプリングを行った。タンザニアに行く前に、新施設で設定すべき色を抽出し仮検討を行ったが、現地調査を踏まえた選定結果はかなり異なるものとなった。カラーコーディネーターという資格があるぐらいなので、色選定は非常に悩ましいものであるが、今回現地で色のサンプリングを行うことができ、説得力のある色選定を行うことができた。
② 造形物造作のための資料収集
 今後の工事で製作を予定しているアリ塚の造形の参考になるよう、現地で採寸し写真を撮った。
 また野生チンパンジーは自らの誇示行動(ディスプレイ)に"板根"を利用する。"板根"は熱帯雨林内の樹木に特徴的にみられるものであり、樹木の地上部を支えるために発達したものである。生息地の雰囲気の再現や、チンパンジーの誇示行動の誘発につながるよう、現地調査で収集した資料を造形物の仕上げの参考にしたい。
 更には、ゴリラ・チンパンジーの屋外運動場のモート(動物脱出防止のための堀)では、コンクリート面の擬岩処理を予定している。ゴツゴツした岩なのか、丸みのある岩なのか、はたまた雨風に浸食された土斜面なのか、仕上げを指示する必要があるが、タンザニアの現地で参考となる写真を収集した。造形物の仕上げの参考にしたい。

(4) 展示メッセージの充実
 "百聞は一見にしかず"のことわざがあるが、我々職員が生息地調査及び行動観察に参加しナマの体験をすること、また他の研修参加者とざっくばらんに交流する十分な時間があったことで、たくさんの気付き・発見をすることができた。このような経験は、ハード整備に反映するだけにとどまらず、ソフト展開につなげて行きたい。特に、「屋内観覧通路の展示装置(環境学習施設)」の検討に反映させ、今後の工事発注につなげていきたい。
① 研究者との交流

 チンパンジーは、通常「複雄複雌の群れを形成する」と言われている。一方、今回タンザニアの現地で観察されたGグループは、3世代に渡るメスが群れを形成していた。また、調査地内の別の場所では、2頭のオスの群れを観察した。今回の観察状況からは一見、「母系のつながりを中心とした群れに対し、繁殖期など特定の時期にオスが接触している」ようにも思われた。このような疑問を、今回の研修のリーダーである座馬耕一郎氏(京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科)にぶつけてみた。すると、「類人猿はそんなに単純ではないということだよ。例えば、チンパンジーと遺伝的に非常に近い人間の場合で考えてみても、10数人のグループでずーっと一緒に行動してると、そのうち息が詰まってくるでしょ。たまには男同士で遊びに行きたくなるでしょ? そこが類人猿の面白い所だよねー。」と教えていただいた。何年も継続してフィールド調査している研究者の知見には説得力があり、今後のアニマルトークの"ネタ"に取り入れて行きたい。
② 写真・動画など素材の収集
 屋内観覧通路では、写真・イラスト・文章によるグラフィック類と、AV機器で再生する映像プログラムにより野生チンパンジーの暮らしを伝えたいと考えている。
 今回、タンザニアの現地で、約2,000枚の写真、30分以上の動画を撮影した。現地ガイドから説明を受け、その場で写真を撮ることで、より臨場感のある写真を撮影することができた。また動画は、チンパンジーを探してトレッキングしている我々の様子、チンパンジーが"移動""採食""休息"している様子を撮影できた。
 名古屋を出発して3日後(72時間後)にやっと野生チンパンジーを観察でき、非常に得難い体験であった。プロカメラマンには敵わないが、1枚1枚の写真を撮影した状況も含めて来園者に野生チンパンジーの暮らしを伝えたいと考えている。

3. 今後に向けて

 新施設の整備を検討するにあたり、国内外の動物園をよく参考にする。それでは、野生動物の生息地調査及び行動観察は動物園整備に必要なものであるのか、今後に向けてまとめてみたい。

(1) 飼育職員による現地調査の必要性
 飼育職員は、新施設の検討・設計・施工の各段階において、「動物のどんな姿を見せたいか?」「どんなことを来園者に伝えたいか?」と問われる。また新施設オープン後は、「飼育動物の環境エンリッチメントのため」に日々施設に工夫を加えたり、「環境教育プログラムやアニマルトークの語り手」として来園者と直接話をする。そのような時、飼育員は自らの経験や、書籍・インターネットからの知識を駆使して対応しているが、一歩踏み込んで、野生下の動物の行動や生息環境などを踏まえて対応できているか? と問われると、十分に対応できているとは言えない。
 これからの動物園が"人と自然をつなぐ懸け橋"として機能するためには、飼育職員は日々の清掃作業や給餌作業に加え、博物館相当施設の職員として、野生下の動物についても幅広く知識を有することが必要だと考えている。野生動物の生息地調査や行動観察を通じて、野生の生息地や動物の営みを体感し、日常では接することができない文化や習慣に触れ、測り知れない感性を得ることが非常に重要なことである。そして、野生動物の生息地調査や行動観察を通じて得た知識と体験に基づいて、担当動物の"飼育環境向上"を図り、"語り手"として来園者の方々に"ナマの知識を還元"するなど、今後の動物園の運営において積極的に活躍したいと考えている。今回の研修を通じて得られた知識・体験は非常に貴重なものである。今後も、飼育職員による現地調査が継続できるよう、お力添えをいただきたい。

(2) 施設整備のための現地調査の必要性
 施設整備の担当技師は、新施設の検討・設計・施工の各段階において、「野生の生息地はどのような状況なのか?」といった点を何度も議論する。特に「展示動物のどんな姿を新施設で引き出すのか?」という根本的な議論の際、野生下の動物本来の行動を見たことがあるかどうかは非常に大きく、間違ったコンセプトで検討を進めてしまうと、新施設の整備効果が十分に果たせないことになりかねない。「アフリカの森エリア」の検討・設計段階では、京都大学の研究者にアドバイスを受け検討・設計を進めることができたが、市職員の理解力向上のためにも、計画・設計段階での現地調査について議論が必要である。
 また今回の研修のように、施工段階で現地調査を実施できたことは、施工資料の収集、展示メッセージの充実のための素材収集など収穫の多いものであった。工事監督の担当職員は、色、造形物の仕上げ、植栽の配植など、設計図書に書き込めない様々な事項を業者に指示し、新施設を仕上げていかなければならない。よりよい施設として仕上げるために現地調査は必要だと考える。

4. おわりに

 東山動植物園再生プランの目標は、「人と自然をつなぐ懸け橋へ」である。動植物園の4つの役割は、「動植物を見て楽しむ」「楽しみながら学ぶ」「野生生物を守る」「調査研究を行う」である。
 今回のアフリカ・タンザニア研修は、再生プランの目標達成や、4つの役割の充実につながる非常に有意義なものであった。また、3日間かけて遠く離れたアフリカの地に行かなくても、動物園ではチンパンジーを観察することができる。動物園の存在意義を改めて感じた研修であった。タンザニア現地でのおどろき・体験を来園者に伝え、「動物園の来園者と野生生息地をつなぐ」きっかけになりうるものだと感じている。
 折角の機会であるので、「人と自然をつなぐ懸け橋」という目標が設定された背景について、東山動植物園再生検討委員会(座長:中川志郎元上野動物園園長)によりまとめられた「東山動植物園再生プラン基本構想提言書」(2006年3月)の一部を抜粋して紹介し、おわりとしたい。
 『今、世界の動物園・植物園はかつてない大きな岐路に立っています。人間活動に起因する急速な地球・自然環境の変貌の中で、自然系博物施設である動物園・植物園が、「環境の世紀」といわれる21世紀、新たな市民需要に応えるために如何にすべきかが問われているからです。(略)私たちは、1年間4回に亘る濃密な討議と詳細な資料の検討を経て、東山動植物園再生の目指す方向が「人と自然をつなぐ場」としての機能であることを確信しました。これは従来の動・植物園の機能にはなかった新しい役割概念と言ってよいでしょう。勿論、従来の動・植物園にも調査研究、教育普及、娯楽、自然保護の4機能があげられ、自然保護への貢献も重視されてきたことは明らかですが、「人と自然をつなぐ場」を軸として従来の4機能を包含再生するという発想は、まさに環境の世紀といわれる21世紀に適合する新しい計画の機軸にふさわしいものと考えます。』