1. はじめに
(1) 背 景
2014年6月、「労働安全衛生法の一部を改正する法律」(平成26年法律第82号)が公布され、心理的な負担の程度を把握するための検査(以下、「ストレスチェック」)及びその結果に基づく面接指導の実施などを内容としたストレスチェック制度(1)が新たに創設された。これにより、常時50人以上の労働者(2)を使用する事業場にストレスチェックの実施義務が課され、2015年12月から毎年1回、この検査を全ての労働者に対して実施することが義務付けられた。
厚生労働省(3)によると、2017年6月末時点で、ストレスチェックの実施が義務付けられた事業場のうち、所轄の労働基準監督署に実施報告書の提出があった事業場は約83%、うちストレスチェックを受けた労働者の割合は約78%であった。ストレスチェック結果の集団分析については努力義務となっているが、ストレスチェックを実施した事業場のうち、集団分析を実施した事業場の割合は約78%であった。公的機関における実施率は公表されていないが、多くの公務職場で実施されていると思われる。
三重県職員労働組合では、集団分析について単組労使関係の中で運用改善に取り組むとともに、三重県職員労働組合自治研推進委員会において研究に取り組んできた。その中で、既存の集団分析では公務員のストレス特徴を十分に測定できないという問題点を提起し(4)、追及することとした。本論文では、その結果について述べる(5)。
(2) 先行研究
公務員の精神的健康に関する大規模な国際的研究としては、英国の「ホワイトホール研究」が知られている。ホワイトホールはロンドンの官庁街を指し、この研究はそこに勤務する中央官庁の職員を対象に1967年から実施されている大規模な縦断的研究である。この研究を実施したMarmotら(6)は、社会経済状態の指標である職階と健康リスク因子との関連性を検討し、職階が低い群において健康リスク行動や心理社会的ストレスなどの健康リスク因子が多かったと報告した。
関根らの研究(7)では、日本の公務員において、男性は低職階であるほど心理社会的ストレスが高く、女性は高職階の職員ほど高い傾向にあった。
高岸(8)は、日本の地方公務員について、市町村合併が公務員の精神的健康に与えた影響を考察した。新規に市町村合併ストレッサーを測定する尺度を開発し分析したところ、地方公務員は市町村合併による独自のストレスを経験していたことが明らかになった。
呉(9)は、埼玉県の1つの市役所における全職員を対象とした調査を行い、職業性ストレスと抑うつとの関連について検討した。その結果、職員のストレス軽減には3つの報酬(心理的報酬、職の安定性報酬、金銭・地位報酬)が重要であることが示唆された。
以上の先行研究から、公務員のストレスには、少なくとも、職階、性別、報酬(特に、やりがいなどの心理的報酬)が関係する可能性があること、また、公務員独自のストレスがあり得る可能性が示唆された。
2. 目的及び方法
(1) 目 的
本研究では、三重県職員を対象に質問紙調査を実施し、統計処理を加えることで、①母集団である全国の県職員に当てはまる可能性のあるストレス特徴を明らかにすること及び、②県職員に特徴的なストレスが測定可能なストレスチェック集団分析方法を提案すること、の2つを目的とした。現行のストレスチェックでは十分に分からない公務員のストレス要因を明らかにし、全国の県庁組織や公務職場等の環境改善につながる知見を示唆できる研究とすることをめざした。
(2) 方 法
① 対象の属性
三重県職員(総合医療センター、企業庁の職員は含む。教育部門、警察部門、県立病院は除く)のうち、三重県職員労働組合の組合員及び協力管理職5,111人(休職中の職員を除く)を調査対象とした。三重県の職員数は47都道府県中17位(2017年)であり、全国の平均的な県庁組織に比較的近いサンプルであると考えられ、統計的分析を加えることで他県にも応用可能な知見が得られるのではないかと考えた。また、三重県職労の加入率は2017年4月時点で95%以上であることから、全職員を対象とした調査に近い結果が得られると思われる。
データ収集については、2017年8月、無記名自記式質問紙による配票調査を実施した。質問紙配布及び回収は三重県職労の各支部を通じて行った。各支部で回答を集約し、組合本部で集計した。
② 予備調査
質問紙調査に先立ち、三重県職労自治研推進委員で調査項目を検討した。委員は様々な職場・職種の出身者で構成されていることから、「あなたが県職員として今まで働いてきた中で強くストレスを感じた事柄のうち、その時の所属もしくは県職員に独特のストレスだと思われるものを3つ挙げてください」という自由記述アンケートを作成し、委員7人が記入して議論した。その結果から、中心となるストレッサー概念を抽出し、既存のストレスチェックで測定可能な概念と、測定不可能な概念の仕分けを行った。その上で、後者について、他の尺度の流用または新規尺度の作成により測定を試みることとした。
検討の結果、他の尺度の流用については、「新職業性ストレス簡易調査票(10)」及び、その検討段階で用いられた尺度を使用することとした。新規尺度の作成については、下記の概念を測定する独自項目を設けることとした(11)。
表1 予備調査で抽出したストレッサーの分類
【既存のストレスチェックで測定可能なストレッサー】 |
抽出した概念 |
概念測定に使用する尺度 |
業務量の増加 |
「仕事の量的負担」 |
失敗できない、特に注意を要する仕事 |
「仕事の質的負担」 |
高度な専門知識が必要 |
「仕事の質的負担」 |
自己努力ではどうにもならない/一方的に話を切り上げられない辛さ |
「仕事のコントロール」 |
|
【既存のストレスチェックでは測定不可能なストレッサー】 |
抽出した概念 |
概念測定に使用する尺度 |
尺度の出所 |
突発的な業務/予測困難性な業務 |
「予測可能性」
「仕事かどうかの明確性」(仮) |
新調査票※開発時尺度
独自作成 |
きつい口調 |
「情緒的負担」 |
新調査票※ |
異動が多く、慣れない仕事をさせられる |
「新奇性」
「異動への期待」(仮)
「成長の機会」 |
新調査票※開発時尺度
独自作成
新調査票※ |
矛盾する要求を突き付けられる |
「役割葛藤」
「役割明確さ」
「部署間の意見対立」 |
新調査票※
新調査票※
独自作成 |
言いたいことを言えない |
「本心を言いやすい仕事」(仮) |
独自作成 |
職場・仕事の喪失 |
「仕事の意義」 |
新調査票※ |
理不尽な苦情への対応 |
「理不尽な苦情」(仮)
「仕事への社会的評価」(仮) |
独自作成
独自作成 |
|
※新調査票=新職業性ストレス簡易調査票。
出典:著者作成 |
③ 質問紙の構成
質問紙は、「基本項目」と「調査項目」の2つのパートで構成した。
「基本項目」では、支部、部局、性別、年齢のほか、採用区分、仕事場所、保有資格等を尋ねた。その中で、特に今回の研究でストレスに影響を及ぼす可能性のある要因として使用した項目については次のとおりである。
・勤務先区分:「本庁」、「地域機関の庁舎」、「地域の単独庁舎(派遣・駐在等を含む)」の3択。
・役職:「管理職」、「本庁の班長・地域機関の課長等」、「一般職員(役職なし)」の3択。
・職級:「課長補佐級以上」、「主査級」、「主任級」、「主事・技師級」の4択。
・職種:「事務職」、「技術職」、「現業職(技術専門員を含む)」の3択。
・保有資格:「医師」、「海技士・船舶操縦士」、「看護師」、「管理栄養士」、「学芸員」、「獣医師」、「図書館司書」、「保育士」、「保健師」、「薬剤師」、「修士号・博士号」、「その他の資格・免許等」の12択(選択数無制限)。
「調査項目」については、現行のストレスチェックとして厚生労働省が推奨している職業性ストレス簡易調査票(12)から、仕事の量的負担、質的負担、身体的負担、仕事のコントロール、技能の活用度、職場での対人関係、職場環境、仕事の適性、仕事満足感、家庭満足感、ストレス反応(イライラ感、疲労感、不安感、抑うつ感)を用いた。
流用尺度及び新規作成尺度については、上記を参照されたい。なお、「調査項目」は全て4択で尋ねた。
④ 分 析
「調査項目」については、逆転項目の処理を行った上で、高得点ほど良好な状態を示す(ストレスが小さくなる)よう変換し、下記の分析を行った。なお、統計ソフトはIBM SPSS Statistics 24.0を使用した。
ア 今回用いた「新職業性ストレス簡易調査票」及び、その検討段階で用いられた尺度については、開発者らによって既に因子分析等が実施されている。しかし、今回は県職員のみを対象にした調査であることから、改めて尺度の信頼性(13)を求めた。
イ 独自作成した項目について因子分析及び信頼性分析を行い、公務員に特徴的なストレスを捉えるための新たな尺度として使用できるかを検討した。
ウ 独自作成以外の尺度(既存のストレスチェックで使用されている尺度及び新職業性ストレス簡易調査票から流用した尺度)の平均得点について、男女差の有無を確認した。具体的には、母集団である全国の県職員の状況を統計的に推定するため、t検定(14)を行った。
エ 独自作成尺度「異動への期待」「仕事への社会的評価」「本心を言いやすい仕事」について、性別、保有資格による差の有無を確認するため、t検定を行った。また同様に、勤務先区分、役職、職種間でそれぞれ差の有無を確認するため、一元配置分散分析を行った。
3. 結 果
(1) 基本統計
① 回答数
下記のとおり、3,338人から回答が得られた(回収率65.3%)。
表2 回答提出数及び回収率 |
|
※組合員数及び協力管理職数は2017年4月1日時点 |
出典:著者作成 |
② 基本項目の回答状況
主な基本項目については、下記のとおり回答が得られた。
表3 基本項目の回答状況 |
|
出典:著者作成 |
(2) 統計分析
① 分析結果
ア 「新職業性ストレス簡易調査票」(開発段階で非推奨とされた「新奇性」「予測可能性」尺度を含む)について信頼性係数(クロンバックのα)を算出したところ、いずれも0.6以上であり、信頼性が確認された。
表4 「新職業性ストレス簡易調査票」尺度の信頼性分析 |
|
出典:著者作成 |
イ 独自作成した項目に分析を行ったついて因子ところ、3つの因子が抽出され、十分な因子負荷量が無かった項目(15)については削除した上で、改めて因子分析(主因子法、バリマックス回転)を行った。また、それぞれの信頼性についても算出し、下記のとおりであった。やや因子負荷量の低い項目(問44及び問45)、信頼性係数のやや低い尺度(因子2)が見られたが、尺度作成のプロセスを考慮し存置した。因子1を「異動への期待」、因子2を「仕事への社会的評価」、因子3を「本心を言いやすい仕事」とした。なお、「理不尽な苦情」については、単独の因子とは認められなかったが、問46及び問47との関係性が強かったことから、因子3に含めた(16)。
表5 独自作成項目の因子分析及び信頼性分析結果 |
|
因子抽出法: 主因子法
回転法: Kaiser の正規化を伴うバリマックス法 |
出典:著者作成 |
ウ 独自作成以外の尺度について三重県職員の男女別平均得点を算出し、性別t検定を行った。結果、17の尺度について男女で有意差が見られた。
表6 既存及び流用尺度の平均得点比較及び性別t検定 |
|
(注1)高得点ほど良好な状態を示すように変換している。
(注2)得点を項目数で除している。
(注3)(新)は新職業性ストレス簡易調査票の尺度。うち、※の付いている尺度は、開発時点で非推奨とされた尺度だが、県職員には当てはまる可能性があるため、今回の研究に取り入れた。
(注4)t検定の有意水準は5%未満。 |
出典:著者作成 |
エ 独自作成尺度「異動への期待」「仕事への社会的評価」「本心を言いやすい仕事」について、性別による差の有無を確認するため、t検定を行った結果、「異動への期待」のみ有意差が認められ、男性は女性に比べて異動への期待に関するストレスが有意に高かった。
表7 独自作成尺度のt検定(性別) |
|
***:有意水準1%未満 |
出典:著者作成 |
保有資格ごとのt検定については、有意差が認められたのは看護師、管理栄養士、保育士、保健師、薬剤師であった(17)。看護師は、「異動への期待」「仕事への社会的評価」についてはそれ以外の職員に比べて有意にストレスが小さく、「本心を言いやすい仕事」については有意にストレスが大きかった。管理栄養士は、「仕事への社会的評価」について、それ以外の職員に比べて有意にストレスが大きかった。保育士は、「仕事への社会的評価」について、それ以外の職員に比べて有意にストレスが小さかった。保健師は、「異動への期待」についてはそれ以外の職員に比べて有意にストレスが小さく、「本心を言いやすい仕事」については有意にストレスが大きかった。薬剤師は、「本心を言いやすい仕事」について、それ以外の職員に比べ有意にストレスが大きかった。
表8 独自作成尺度のt検定(保有資格別) |
|
***:有意水準1%未満
*:有意水準5%未満。 |
出典:著者作成 |
同様に、勤務先区分、役職、職種間の差について一元配置分散分析を行ったところ、「異動への期待」については、①本庁、地域機関の庁舎、地域の単独機関の順、②一般職員(役職なし)、管理職、本庁の班長・地域機関の課長の順、③事務職、技術職、現業職の順でそれぞれ有意にストレスが大きかった。「仕事への社会的評価」については、①本庁が地域の単独機関及び地域機関の庁舎と比べて有意にストレスが大きく、②一般職員(役職なし)及び本庁の班長・地域機関の課長が管理職に比べて有意にストレスが大きく、③現業職及び技術職よりも事務職の方が有意にストレスが大きかった。「本心を言いやすい仕事」については、本庁が地域機関の庁舎及び地域の単独機関に比べて有意にストレスが大きかった。
表9 独自作成尺度の一元配置分散分析(勤務先区分、役職、職種別) |
|
※ 有意水準1%未満。 |
出典:著者作成 |
4. 考 察
分析結果(ア)より、「仕事の意義」、「情緒的負担」、「役割葛藤」、「役割明確さ」、「成長の機会」、「新奇性」、「予測可能性」について県職員を対象とした今回の調査結果から信頼性が確認できたことから、県職員のストレスチェック尺度に加えるべきではないか。言い換えれば、これらの要因が公務員にとってストレスとなっている可能性が高い。また、「予測可能性」と「新奇性」も追加すべきである。これら2つは「新職業性ストレス簡易調査票」の開発段階で推奨項目から除外されたが、県職員には当てはまりが良いことから、民間企業等とは異なる、県職員特有のストレスと考えられる。
分析結果(イ)からは、今回独自作成した尺度について、因子分析で因子負荷量を確認し、また信頼性分析で信頼性が確認できたことから、県職員特有のストレスを測定するための尺度として活用できる可能性が示唆された。ただし、一部の項目は因子負荷量や信頼性係数がやや低かったため、今後さらなる尺度開発の余地がある(18)(今回の研究では自治研委員会で独自項目を策定したプロセスを重視し、項目は存置したまま結果を公表した)。
分析結果(ウ)より、「仕事の量的負担」、「仕事の質的負担」、「身体的負担度」、「情緒的負担」、「仕事のコントロール」、「新奇性」、「上司のサポート」、「イライラ感」、「疲労感」、「不安感」、「抑うつ感」、「身体愁訴」の項目で、女性は男性に比べて有意にストレスが大きかった。このことから、特に女性部運動等で改善に取り組むべき課題(項目)が明確化された。逆に、男性の方が有意にストレスが大きかったのは、「技能の活用」、「仕事の意義」、「成長の機会」、「同僚のサポート」、「家族友人のサポート」であった。このことから、男性職員については、自らの技能を発揮するなどして仕事の意義や成長の機会を見出せるようにすることなどがストレス改善に有効である可能性が示唆された。
分析結果(エ)の結果の解釈については、職場実態を含めさらなる分析を行っていきたい。そのため、今回の論文では結論を急がず、統計分析結果の提示にとどめ、今後の議論・研究を待つこととしたい。
5. おわりに
最後に、本研究の限界と今後の課題を述べる。本研究は三重県職員を対象とした調査に基づいていることから、今回確認したストレス要因が他県にも当てはまるか検証が必要である。もちろん、県職員だけでなく市町等の職員への応用可能性についての研究にも期待したい。今回作成を試みた尺度等を使用した実証研究が増えれば幸甚である。また、独自尺度について再度項目を検討し因子分析・信頼性分析を行うなど、より有用な尺度にしていくことも今後の課題として挙げられる。
最も重要なのは、県職員・公務員のストレスについてさらに掘り下げた研究を積み重ねるとともに、ストレスの改善にむけた実践的な取り組みを進めていくことである。本研究がその一助となれば幸いである。 |