1. 公共施設を考える今日的意義
(1) 公共施設マネジメント
公共施設を含めたインフラの老朽化は、2012年の笹子トンネル天井板落下事故の発生から注目を浴びたといわれている。国土交通省のデータによれば、(橋長2m以上の橋約70万のうち)約40万施設ある道路橋は、建設後50年以上が経過するものが2013年は約18%であったが、2033年には約67%を占める見込みである。同様に、約1万施設ある水門などの河川管理施設は、2013年は約25%の割合であったが、2033年には約64%にまで急増する(国土交通省「社会資本の老朽化の現状と将来」)。このように、高度経済成長期に整備されたものが、ほぼ同時期に老朽化するため、自治体がこれに対応することはヒトの面でもカネの面でも容易ではない。
一方、1999年からの平成の大合併は自治体に大きな変化をもたらした。公共施設の分野では、例えば、各町に1つずつ整備されていた施設が、合併によって同種の施設が複数配置されることになった。これは行政運営の観点からすれば非効率ともいえる。
自治体としてはこれらの問題の解決に迫られる一方で、少子高齢化による公共施設の利用者減や厳しい財政事情にも直面している。そのため、自治体は公共施設の将来像を改めて考え、いかに効率的に公共施設の運用を考える(公共施設マネジメント)かが問われている。
(2) 公共施設等総合管理計画
総務省は公共施設等総合管理計画の策定を全国に要請した(総務大臣「公共施設等の総合的かつ計画的な管理の推進について」(2014年4月22日))。その背景はほぼ上述のとおりで、文書は「我が国においては、公共施設等の老朽化対策が大きな課題となっております。地方公共団体においては、厳しい財政状況が続く中で、今後、人口減少等により公共施設等の利用需要が変化していくことが予想されることを踏まえ、早急に公共施設等の全体の状況を把握し、長期的な視点をもって、更新・統廃合・長寿命化などを計画的に行うことにより、財政負担を軽減・平準化するとともに、公共施設等の最適な配置を実現することが必要となっています。また、このように公共施設等を総合的かつ計画的に管理することは、地域社会の実情にあった将来のまちづくりを進める上で不可欠であるとともに、昨今推進されている国土強靱化(ナショナル・レジリエンス)にも資するものです」としている。
国はこの計画を自治体が策定するに当たり、計画期間を少なくとも10年以上とすること、全庁的な取組体制の構築及び情報管理・共有方策を記載すること、現状や課題に関する基本認識を記載すること、これらを踏まえた今後の公共施設等の管理に関する基本的な考え方を記載することなどを求めている。
なお、2018年3月31日時点で都道府県及び指定都市の全団体、市区町村の99.6%の団体で公共施設等総合管理計画を策定し終えた。未作成団体は福島県川内村、大熊町、双葉町、飯舘村、東京都中野区、青ヶ島村、大阪府箕面市の7団体にとどまっている(総務省「公共施設等総合管理計画策定取組状況等に関する調査(結果の概要)」2018年3月31日現在)。
2. にかほ市における活動
(1) にかほ市の紹介と現状
秋田県にかほ市は、秋田県の最南部に位置し、日本海に面している。山形県との県境には鳥海山がそびえ、秀麗な姿を誇っている。市は南北に約23km、東西に約17kmの範囲に広がり、面積は約241.13km2である。気候は県内では降雪量が少ない方ではあるが、東北日本海側に特有の風が冬には吹くという特徴がある。
市内を鉄道はJR羽越本線、道路は国道7号線が南北に走っている。これらを利用して、観光客は、夏には岩ガキやうに、冬にはタラやハタハタといった、海の恵みを楽しんでいる。
にかほ市を有名にしたのは松尾芭蕉である。1689年に芭蕉は東北・北陸に向けて旅立ち、その訪問した北限の地が市内の象潟であった。また、1912年に南極観測を行った白瀬矗、1935年にグローバル企業であるTDKの前身・東京電気化学工業を設立して、日本の電子産業の基礎を作り上げた斎藤憲三も市内の出身である。
2005年に仁賀保町、金浦町、象潟町の三町が合併して、「にかほ市」が誕生した。3町が合併した2005年の国勢調査では人口が28,972人であったが、直近の2015年の国勢調査によれば25,324人に減少している。なお、「にかほ市人口ビジョン」が示す、めざすべき将来人口の数値は、2030年に22,848人、2040年に20,677人、2050年に18,741人、2060年に17,181人である。
市は財政の将来見込みについて、「近年、一般会計では経常経費の削減や将来的な公債費負担を軽減する市債の繰上償還など、継続した取組みを行うことで収支の黒字につなげている。今後5~10年の財政見通しは、歳入の根幹である市税が好転を望めない状況にある。地方交付税は、市町村合併の優遇措置が段階的に終了し、平成33年度(2021)には5億円程度の減少影響を見込んでいる。財政規模は縮小傾向にあると予測する」としている(「にかほ市公共施設等総合官管理計画」)。
(2) にかほ市公共施設等総合管理計画
2017年3月に公表された「にかほ市公共施設等総合管理計画」は、他の自治体と同じく、総務省の通知を受けて策定されたものである。本計画では、最初に市の公共施設の現状分析を行っている。建物系公共施設のみを取り上げると、総延床面積は181,815m2で、その内訳は学校教育施設(小学校・中学校など)が34.7%を占めて最も多く、スポーツ・レクリエーション・公園系施設と公営住宅がそれぞれ14.2%、行政系施設(庁舎等・消防施設など)が11.8%、市民文化・社会教育系施設(公民館・集会施設・図書館・博物館等施設など)が11.2%などと続いている。一方、建設年度別では、30年以上経過している施設が総延床面積の35.0%で、さらに1981年以前の旧耐震基準により建設された施設が総延床面積の27.4%に達している。そして、総延床面積を市の人口で割った1人当たりの施設面積は6.92m2/人であり、これは類似団体の1.2倍、全国平均の2.0倍となっている。
本計画では、次に、更新費用を推計する。それによると、今後40年間の更新費用の総額は約556.2億円で、単年度で約13.9億円となる。施設の建替費用の合計は377.7億円で、2036年以降には大規模な更新費用が集中する時期が訪れるとしている。
以上をもとに、市は2056年度までに「建物系施設の総延床面積を30%削減する」という目標を立てた。その根拠は、40年後には現在よりも29.3%の人口が減少し、1人当たりの公共施設延床面積が類似団体比で24.7%ほど過剰である。しかし、行政サービスとのバランスから、現状の施設を過剰に削減せず、行政ニーズと財源に見合った施設の総量見直しの目標として当面はこのように設定したという。住民への負担をできるだけ抑えようとした配慮の結果である。
この施設総量の削減のために、①施設の集約・複合化を推進する、②解体・民間譲渡を検討するという。また、施設の維持管理のために、③改修、更新等に係る費用を平準化する、④計画的な点検を実施するなど施設ごとの個別計画を策定する、⑤指定管理者制度やPPP/PFIなどの民間活用を検討するとしている。
なお、報告者は本計画の検討委員会委員長として策定に関わる機会を得たことを付言しておきたい。
(3) 活動の経緯と内容
にかほ市公共施設等総合管理計画が策定されたことで、それ以降は先述の目標の実現に向けて活動する必要が生じている。そのためには、住民に理解を得ることが何よりも不可欠であり、住民との間で個別の公共施設の存廃や利活用のアイデアについて議論する必要が考えられた。
一方、報告者が勤務する大学で開講する「演習」(ゼミ)には公務員志望の学生が多いことから、地域との連携を重視した取り組みを実践している。とくに、山形県庄内地方では、少子化により廃校となった学校が活用されずにそのままとなっていることが多いため、学校を中心とした公共施設の利活用(公共施設マネジメント)の実現が喫緊の課題となっている。そのため、当演習では公共施設マネジメントを取り上げて、庄内地方でいくつかの公共施設に関する調査を行っていた。このような背景から、にかほ市における地域課題の解決策を学生が考察し、また、公共施設マネジメントの学習の実践として住民や市職員と対話し、自由に議論することは教育的に意義深いと思われた。その一方で、にかほ市の住民と市との間に中立的な立場にある「大学」が橋渡し役となって関わり、さらには若い世代の代表である学生が入ることで両者の議論に従来とは異なる視角が生まれ、新たなまちづくりの機運が醸成されるのではないかと考えた。このような趣旨を市に提案したところ、ご助力をいただけることになり、次のようなプログラムを実施するに至った。
(4) 実践活動のプログラム
① プログラムについて述べる前に
プログラムは、2018年2月6日に「にかほ市の公共施設の将来を考えるワークショップ」と題して開催した。当日は前夜までの暴風雪が止み、晴れ渡る朝を迎えることができた。学生は市内で利活用の検討対象となっている公共施設(公会堂)や廃校予定の小学校を訪問し、内部の見学や関係者の話をもとに個別施設に関する知識を得るなど、事前学習を行ってから参加している。
当日の参加者は、市民、市職員、学生など29人が出席した。参加者は若い世代から高齢世代まで幅広く集まり、職業も自営業や団体職員、会社員などさまざまであった。地元の高校生の参加も予定されていたが、あいにく当日に都合が悪くなって参加できなかった。
② 公共施設マネジメントゲーム
プログラムの冒頭に本報告者がワークショップについての趣旨説明を行った。その後、公共施設に関するゲームを行った。これはさいたま市など他の自治体が開発・活用しているゲームで、将来の財政や人口などのさまざまな条件設定のもと、ある市を舞台に、市内の公共施設をどのように存続・廃止させ、または、複合化・集約化するかをグループで議論し、その結果を発表し合うゲームである。いわば、公共施設のあり方を考えるボードゲームである。参加者全員でゲームを楽しみながら、公共施設の方向性を一緒に考えることが可能で、そのわかりやすさとあらゆる世代が楽しむことができる点ですぐれたものといえる。インターネット上で確認するかぎり、このゲームは岩手県花巻市などいくつかの自治体ですでに行われている。
このゲームをおよそ70分ほど実施し、参加者に感想を聞いた。その結果、時間不足やルールの難しさを指摘する声もあったが、多くの意見は面白さに加え、施設のバランスよい配置の難しさや、コストだけではなく暮らしやすさ・住民感情に配慮することの重要性など、今後の公共施設のあり方を考えるに当たっての示唆に富んだ意見が寄せられた。
この公共施設ゲームを全員で経験したことにより、およそ2つの効果があった。第一に、それぞれの参加者は初対面であったため、ゲームを行うことで肩の力が抜け、以後の議論をスムーズに運べるようになった。第二に、公共施設の何を問題にしているかを参加者が実感できるようになった。財政制約や施設配置についてゲームを行いながら考えることで、本ワークショップのテーマである「公共施設マネジメント」のイメージをつかむことが容易となった。このように公共施設ゲームを体験することは、この問題に関心がない方の関心を高めるうえで、とても大きな意味があるといえる。
③ 講 演
公共施設ゲームを体験した後で、地方自治総合研究所の菅原敏夫研究員に講演をいただいた。公共施設マネジメントは地方財政の事情と大きく係わるため、公共施設マネジメントと地方財政の第一人者である菅原研究員にお願いした。
講演では、公共施設マネジメントで全国的に何が問題となっているかが説明され、その後で、にかほ市の公共施設等総合管理計画についてのコメントがあった。そして、公共施設は市民のものであるから、公共施設の将来を考えるうえでは、市は市民と丁寧に対話して合意を得ることが何よりも重要であり、さらには、市民の参加が大切だと説かれた。市民と市職員が今後も持続的に話し合うことの必要性も提言された。
④ 学生報告
報告者のゼミの学生2人が公共施設マネジメントやその背景など、この問題を論ずる際の基礎知識を取り上げるプレゼンテーションを行った。また、発表した2人の出身地の自治体(山形県内)が策定した公共施設等総合管理計画を分析し、その特徴やポイントを発表した。この報告を行ったことで、公共施設マネジメントの基本を参加者全員で共有することができた。
⑤ 意見交換会
最後に、市民・市職員・学生の三者が対話する場を設けた。報告者がコーディネーターとなり、市民の意見や疑問に対して市が答える形式をとった。多くの意見が出されたが、例えば、「にかほ市には歴史的、文化的に価値のある施設があるにもかかわらず、十分に活用されていない」といった現状が指摘された。その他にも、「スピード感をもって解決に向けて動いてほしい」、「複合化によって市の財政状況が改善されることがわかれば市民も納得するのではないか」などの意見も出された。また、参加した若い世代からは「まちづくりに対して意見を言う場が欲しい」などの要望もあった。これらに対して市からは建設的な返答が寄せられ、相互に真摯に語り合う機会となった。
にかほ市の公共施設の将来を考えるワークショップ 概要
時 刻 | プログラム |
10時00分 ~11時45分 |
プログラム1.趣旨説明(説明者:東北公益文科大学 斉藤徹史)
プログラム2.公共施設ゲーム(参加者:全員)
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13時00分 ~15時30分 |
プログラム3.講演
「公共施設マネジメントと自治体財政-公共施設老朽化 生まれ変わるためのまちづくり」
(講師:公益財団法人地方自治総合研究所 菅原敏夫研究員)
プログラム4.学生報告
「公共施設マネジメント 事例と展望」(発表者:本学学生2人)
プログラム5.意見交換会(参加者:全員、コーディネーター:斉藤)
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3. まとめ
本ワークショップに参加した学生に感想を聞いたところ、「公共施設の問題はどの地域でも共通の課題で、住民のニーズや使用する人達の年齢層によって利活用の方法が大きく異なることがわかった。人口減少が進む中でターゲット層にあった公共施設の利用を考えていきたいと思った」、「にかほの課題は庄内の課題とも共通しているところもあるのでとても参考になった」などの声があった。学生に地域の課題解決への関心をもたせ、それを実践へとつなげていくうえで、貴重な学びの場となった。
私見ではあるが、公共施設の問題を考えるに当たり、重要なポイントは若い世代の参画だと思われる。施設の利活用方法を「大人世代」だけではなく、若い世代に異なる切り口からの新たなアイデアを求めることが、問題解決へのヒントになるかもしれない。そもそも、地域の公共施設は今後20年、30年と存続するのであるから、将来に利用し、維持管理を担う、若い世代の意見を聴かないわけにはいかないのである。現在の世代が利活用方法を決め、若い世代がその負担を抱えるということは、世代間の公平に反しているともいえそうである。公共施設マネジメントを考える際には、住民との丁寧な対話はもちろんであるが、若い世代と議論し、彼ら/彼女らの意見を積極的に取り上げることが必要だと考える。
最後に、このような教育と研究に大きな意義のある機会をくださったにかほ市と市職員の皆さまに、深甚な謝意を表して本レポートを終えることにする。
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