【自主レポート】

第37回土佐自治研集会
第12分科会 新しい公共のあり方「住民協働」理想と現実

 人口減少、学校の統廃合、商店の撤退、耕作放棄地の増加など、中山間地域が抱える問題を多分に漏れず抱える"比田地域"。そんな地域に2017年3月に、他に例を見ない地域活性化を目的とする株式会社として設立された「えーひだカンパニー株式会社」。その立ち上げには、地域に住む自治体職員の関わりがかかせなかった。立ち上げまでの軌跡とその後の比田について報告します。



地域活性化を目的とした株式会社の設立
―― 持続可能な組織と自治体職員の可能性 ――

島根県本部/安来市職員労働組合・自治体政策部長 吉原 秀和

1. 現 況

(1) 地域の特性
比田踊り
 安来市比田地区は、安来市の最南部に位置し、市の中心地からは約35km隔てており、標高300mの地に比較的開けた盆地に350余戸が点在する地域である。地域の南側は島根県奥出雲町や鳥取県日南町と接し、その間に屏風のごとく連なる比田連山の麓では棚田が広がり、そこで良質米の比田米が生産される自然豊かな季節感あふれる山紫水明の地である。薬効の高い比田温泉、製鉄の神を祀る金屋子神社、安来市指定の無形文化財比田踊りなど、多彩な歴史・文化が継承され個性豊かな地域です。


(2) そんな比田地区は今
将来 比田地区に住む人の数は??
 時代の潮流の中、昭和50年頃に約二千人いた人口も、現在は1,100人ほどに減少し、空き家の増加や、耕作放棄地も増え、商店や事業所の廃業、学校の統廃合も進み、近年特に地域力の急速な低下が懸念される状況になっていました。
 今後も地域の人口は減りつづけ、25年後には現在の半数500人を割り込むとの推計も示されており、各集落はおろか地域の存続さえ危ぶまれる状況が目に見えるところまで来ていました。


2. 比田地域ビジョン

(1) プロジェクトの立ち上げ
 安来市では、農業振興部署が中山間地域で増える農業の担い手不足、耕作放棄地の増加などに対処するため、2013年度から組織営農を推進するため、集落及び農業の維持に繋がるビジョンづくりを推進し、市内のいわゆる中山間地域を中心に、およそ集落(自治会)を単位とする集落ビジョンの作成が進んでいました。それは比田地区でも例外ではなく、市や関係機関などが支援しながら地区内の数集落が集落を単位とするビジョンを作成されていました。
 集落ビジョンは、集落内の意識醸成や仕組みづくりには効果はあるものの、人口減少などといった大きなテーマは、集落で解決することはできません。多くの住民が地区の将来に漠然とした危機感を持っていたところ、個人や集落単位では対応できない課題の解決に向け、市からのアプローチで18自治会からなる小学校区を範囲とする地域ビジョンの策定に向けたプロジェクトが立ち上がりました。
 プロジェクトのメンバーは地元の有志27人+行政機関等で構成され、その中には地元在住自治体職員が5人、地域おこし協力隊2人が含まれていました。


(2) より地域を巻き込んで
 作成されるビジョンは、比田地区全体の総意に基づいて創られたものでなければなりません。一人でも多くの住民に参画してもらうことを意識し、そのため、全世帯、中学生以上の全住民を対象としたアンケートの実施、小学校、中高生、20~30代、40~50代、60代以上の世代別に実施したワークショップ、小学校の体育館を会場にワールドカフェ方式の全体ワークショップを行いました。その間、地域広報誌による周知、経過報告などを継続的に発信することで、少しずつではありますが地域の関心を高めながら進めることができました。
 その結果、子どもから高齢者まで、様々な視点から集まった比田をもっと良くするためのアイデアは、農業、観光、定住、福祉、交通など分野は多岐にわたり、総数1,469個にものぼりました。

 
小学生ワークショップ ワールドカフェ方式の全体ワークショップ

○アンケート回収率 世帯用:86%(304/352戸)、個人用:90%(848/941人)

○世代別ワークショップ参加者 小学生   37人
               中高生   10人
               20~30代  24人
               40~50代  33人
               60代以上  33人

○全体ワークショップ 約120人

(3) ついに完成 比田地域ビジョン
 ビジョンは、誰もが共通した将来像を描くことができ、地域一丸となって取り組むべき指針を明示するために策定するものです。そのために、ビジョンではまず、理念、取り組み方針を定め、それらに基づいて、生活環境、産業振興、地域魅力、定住促進の4つの体系ごとに区分けを行い、1,469のアイデアを88の項目に集約していきました。
 生活環境では、現役リーダーや次世代の比田を担うリーダー候補を育てるため、リーダー養成研修などを行う「地域のリーダー人材育成」や、現在のバス路線ではフォローできないような箇所を運行する「デマンドバス」などがありました。
 産業振興では、「オール比田の農業法人」や「中山間直払の一本化」、「農家レストラン」など地域の基幹産業である農業分野ではそれなりにリアリティが高いものが多く、その他にも「キノコ園」や「比田温泉水で特産品づくり」など、林業、畜産業、商業などのアイデアがありました。
 地域魅力では、各種情報発信ツールとして、比田の公式ホームページを作成する「比田のホームページ開設」や、ステッカーやマグネットなどを車に貼って比田をPRする「みんなの車に比田PRステッカー」、小学生から出たアイデアである「道路沿いにイルミネーション」やイベント系アイデア「ポテトフェスティバル」「ハロウィン祭」などがありました。
 定住促進では、比田の人脈を活かした企業をつなぐ「比田版ハローワーク」や子育て支援を目的とした「地域から出産おめでとう祝い」、比田女子のタテヨコのつながりを作るための「比田女子会結成」など、住まいや暮らしのアイデアがありました。
 これらたくさんの住民のアイデアと思いが詰め込まれたビジョンは2016年3月に完成し、計画期間の10年で、一年間に8~9個の項目を達成していき、これらの88の項目を10年で全て実現させていきたいと考えています。


(4) ビジョンの実現に向けて
 これだけ地域を巻き込んで、ビジョンを創ることだけでも相当なエネルギーでしたが、もっと大変なのは、これらを実践していくことです。
 この壮大なビジョンを30人弱のプロジェクトメンバーだけで実施していくことは困難であり、アイデアの着実な実現に向けて、中心となって推進するメンバーを募集し、プロジェクトの再編を行うこととしました。
 新たなプロジェクトには、88のアイデアに対応した専門チームを置いた上で、メンバーの個性が活きる配置を行い、チームごとに決めたリーダーを中心にアイデア全てを計画的かつ効率的に取り組むために自治会や地区内の各種団体と連携を図りながら地域一体となって推進することが必要と考えました。

3. 地域活性化を目的とした"えーひだカンパニー株式会社"

(1) 任意組織"え~ひだカンパニー"の創設
 ビジョン88項目の中には、「まるごと会社化」や「オール比田の農業法人」といった法人組織設立の項目もあったことから、プロジェクトメンバー内ではある程度は法人組織の設立が視野にありましたが、地域の理解とともに進めていくことを大切にし、まずは、任意組織を立ち上げることとしました。
 この任意組織の立ち上げにあたっては、前述のとおり、さらなるメンバー集めが必須となっていました。広報誌などを活用して広く地域全体にメンバーを公募するとともに、総務部、生活環境部といった具体的な立ち上げ後の組織とその役割をイメージしながら、部のリーダーや中核となる者の人選と内諾を先に進め、各部で取り組みやすいメンバーを個別にあたってもらうようにしました。
 その結果、部間で慎重に調整を進め、各部ごとに20~50代の比較的若い、気心知れた仲間でメンバー集めが進み、これに"相談役会"のメンバーを加え、趣旨に賛同する総勢73人で、2016年8月に任意組織「え~ひだカンパニー」を創設しました。
 なお、73人全員が自治体職員を含め会社員、自営業など、企業等にお勤めの方で主たる仕事を別に持つ方ばかりです。


(2) 組織の特徴"相談役会"
 組織機構の特徴として、相談役というポストを設けました。各部で中心となって取り組んでいくメンバーは、30代から50代の比較的若い世代ですが、実際に地域で取り組みを進めていくには、もう少しだけ上の世代、60代以上の方々がまとめられている自治会や既存の関係団体との連携が必要不可欠であると考えました。
 そこで、カンパニーの取り組みを円滑に進めていくため、交流センター長や自治会協議会会長など、地域内の大御所の方々に参画してもらい、助言、支援、地域の取りまとめ、各種団体との調整を担うポジションとして位置づけ、カンパニーの後方支援を担ってもらう体制をつくりました。


(3) 持続可能な組織をめざし、任意組織から株式会社へ
 広い意味での地域活性化を行う組織は、どこの地域にも必ずあります。しかし、そのほとんどは、参加者のボランティアによって成立しているものであり、行政からの補助金の打ち切り、中心人物の脱退など、時間の経過とともに組織力の低下は避けられません。
 カンパニーが取り組む88のビジョン項目は、農業分野など、それ自体が収益を生む事業もありますが、定住促進や地域交通など採算が取れないものが大半を占めています。収益事業でしっかり収益を出しながら、その収益を、収益性のない地域貢献事業の事業費や人件費などに充て、確実な事業の実施と脱ボランティアを図っていきたいことから、必然的に収益事業を優先して取り掛かることになります。
 収益事業を実施するとなると、税制上の観点や各種補助制度を利用する場合に任意組織では不利なことが多く、法人化の検討に取りかかりました。検討を始めるにあたり、NPO法人、農事組合法人、合同会社など、選択できる法人の形態がいろいろなものがありましたが、多分野にわたるビジョン項目に対応するため、事業の制約を受けず、社会的信用性の高い株式会社とすることで協議が整いました。度重なる勉強会や協議、公証人役場や法務局に足を運び、2017年3月1日に"えーひだカンパニー株式会社"を設立することができました。
 カンパニーの定款の目的欄には、"比田地区の活性化に関する事業""比田地域ビジョンの取り組みに関する事業"を1番2番に明記しています。個人の努力、既存の集落や行政の力では解決できない課題に対応できる会社をめざし、比田地区全体を包括しながら、88のアイデアを実行していくとともに、自治機能(行政に頼らず地域で町づくりを行う機能)と生産機能(必要となる財源を自立的に生み出す機能)を合わせ持った地域活性化を目的とする株式会社として動き出しました。


4. 今思うこと、そして地域は……

(1) 実績と積み重ねによる信頼関係
 株式会社化を含め、任意組織の立ち上げ以降、各部がそれぞれ作成した事業計画のもと、比田女子会の結成、ホームページの開設、地域交通の検討、比田米のブランド化に向けた取り組みなど、ビジョンの実践が着実に進んでいく中で、最初は敬遠気味だったメンバーも積極的に事業に関わるようになってきたり、地域の人のカンパニーへの視線も少しずつ温かいものに変わってきているように思います。
 また、水稲の育苗事業やドローン防除など新たな事業も立ち上がり、雇用の創出など、カンパニーの存在による地域還元も目に見える形で現れてきました。
 会社だけを創ることが目的であれば、気の合う仲間だけで進める方が圧倒的に簡単です。より多くの人を巻き込みながら、手間をかけてビジョンづくりから丁寧に進めてきたことで、地域の一体感が生まれ、意識醸成が進んだといえます。
 それは、えーひだカンパニー株式会社のプライスレスな資産であるといえます。


(2) 絶対ではないが、いる方が良い
 自治体職員は、地域活性化というフィールドにおいて、他業種よりも圧倒的に長けています。
 それは、人との繋がりであったり、補助金の活用方法であったり、行政の動かし方であったりと、ある意味固有のスキルを自治体職員は持っています。実際、この比田地区の一連の取り組みには、比田地区に在住する自治体職員たちが主体的に関わっており、彼らがいなければ、今の形はありません。必ずではありませんが、いた方が良いのは間違いありません。
 加えて、取り組みの大きな推進力となったのが、地域おこし協力隊の関わりでした。自治体職員は関わって当たり前の風潮ですが、もともと繋がりのない比田の地で頑張ってくれている協力隊の姿に、関わる自治体職員や住民の意識を高めてもらった気がしています。

(3) 持続可能な組織へ
 同じ内容の地域活動を行う場合に、都市部では多くの人が少しのボランティアをすれば足りることも、中山間地域では少ない人数で多くのことをしなければなりません。ボランティアは本人の意思でやめることができるものですが、地域づくりは、やめるとたちまち地域はなりたたなくなります。
 ボランティアでは地域づくりはできません。カンパニーは営利を目的とした企業ではありませんが、ボランティアによらない組織をめざし、持続可能な地域づくりを進めていきます。
 最後に、今回の取り組みによって、潜在的な地域の人材の掘り起こしや、新たな世代間交流、小学校でのふるさと教育など、様々な効果が得られています。25年後がどうなるのか未だ誰にも分かりませんが、自治体職員が地域に飛び出したことによって起きたこの比田地区のムーブメントには、あらためて地域における自治体職員の可能性を感じ、行政発信によるこうした取り組みが、他の地域に波及し、新しい地域づくりの形として広まっていくと良いと思います。