(3) 避難しない住民の心理
① 避難勧告および避難指示と避難者の推移
8月30日
15:00 避難準備情報を発令。避難所を開設。避難者0人。
18:44 洪水警報発令
20:20 避難勧告 89世帯145人 避難者31人
8月31日
1:15 避難指示 89世帯145人 避難者59人
2:12 千路露橋崩落 避難指示を各世帯に伝えていた役場職員4人、消防職員2人が橋の向こうへ取り残され孤立状態に
3:15 避難者75人 道路や橋の崩落により31人が孤立
② 避難をしなかった住民の主な理由
1. ここは雨が降っていない
2. あの大きな橋が崩落するなんてありえない
3. 顔の知らない職員が来ても避難する気にならない
4. 動物がいるから避難できない(ペット、家畜)
5. 私はここで育ったからここで死ぬ
6. 自家用車がなく避難手段がない
7. 防災無線が撤去され情報が伝わりにくかった
③ 住民に避難してもらうためには
上記にも述べたように様々な理由や背景により避難しない住民がいた。しかし、災害時の安全管理の点から全ての住民に避難所へ避難してもらうことが望ましい。では避難をしない住民に対してどのようなアプローチが必要なのだろうか。1つめは正確な情報を伝えることである。ここは雨が降っていない、橋が崩落するなんてあり得ないという「このくらいなら大丈夫だろう」という過去の経験から推測される誤った判断により避難しないことを選択してしまう場合がある。そのため「川が氾濫している」「水位が上昇し橋が浸水している」などより正確に情報を伝える必要があったのではないかと考えられる。2つめは地域住民のつながり作りだ。移動手段がないことや防災無線の撤去による防災放送が届かないことは住民相互による声掛けや助け合いにより解決していく必要があるのではないだろうか。全ての住民を役場や消防によって避難させることは難しい。そのため日頃から助け合うことができる関係作りが求められている。最後に避難所の整備があげられる。ペットがいるから避難できないという住民は多い。ペットを連れていける区域を指定した避難所作りをする必要がある。
3. 保健師の役割
(1) 職員数が少ない自治体は様々な役割が集中する
① 災害時の保健師の動き
8月30日
13:00 避難所開設準備
15:00 避難所待機
18:15 被災状況確認
20:20 避難勧告伝達 各戸訪問
8月31日
1:15 避難指示伝達 各戸訪問
4:55 被災状況確認
14:00 配水・健康状態確認 各戸訪問
9月1日以降
避難所3カ所の被災者の健康確認 9月30日まで
断水地区の住民の健康確認 9月30日まで
断水地区への配水作業 9月30日まで(週2回)
洪水被害地区への消毒作業
避難所での衛生指導
② 日高町の防災計画における保健師の役割
防災計画における保健師の役割は救護班と衛生班に位置づけられていた。しかし、実際に災害が起きると人手不足や日頃の業務の兼務状況により給水や避難所運営、消毒作業など本来位置づけられている役割以外の役割をこなさなければいけない状況になった。これは職員が少ない支所特有の問題とも言えるが職員数が少ない自治体や大規模災害で職員自身が負傷し人員が不足した自治体にも当てはまる。その上で考えなくてはいけないことは、いかに業務をこなすかではなくどの職員に何をしてもらうかという仕事の配分を考えること。そして、応援に来るボランティアや関係機関へどういうことをしてもらうかという整理が大切だと感じた。
(2) 健康確認で行ったこと
・血圧測定 ・動悸の有無 ・持病の状態、薬は足りるか ・夜眠れているか ・心配なことはないか
以上の5つを基本項目とし健康状態の確認を行った。持病が悪化した人はいなかったがストレスによる動悸、環境が変わったことによる睡眠不足を訴える住民が多かった。
(3) 訪問時に困ったこと
精神疾患を持っている人、発達障害がある人、未治療者、要介護者など日頃から支援を必要とする住民が体調を崩し、より多くの支援を必要とした。また、住民の健康状態や被災状況の確認をしていくなかで通常の職員配置では人手が足りないとわかっていても関係機関へ要請することができない状況があった。日頃の関係性の悪さもあったが、どの機関にどんなことを要請するかを考えることができなくなっていたからだ。災害時はやらなければいけないことが次々と起こり、対処するだけで精一杯になってしまった。人にお願いするよりも目の前にあることをこなそうという気持ちになってしまったからだ。
(4) 住民が感じるストレス
被災当初は避難所で生活している人がよりストレスを感じ、自宅で生活している人のほうがストレスを感じにくいのではないかという予測をたてた。そのため避難所生活をしている住民を中心に健康確認を行ったが支援をしていくうちに自宅で生活している人のほうが、よりストレスが高く要望が多い結果となった。自宅で生活している人の方がストレスが高い要因は何か?
・ストレス源の違い
避難所生活者 知らない人と同じ空間にいる、床が硬く寝られない、他人の生活音が気になる、マスコミ対応が煩わしい、行政の対応への不満
自宅生活者 電気・水道・テレビが使えない、食事は自分で作る必要がある、洗濯などの家事が困難、 情報が入りづらい、マスコミ対応が煩わしい、行政の対応への不満
以上から分かったことはマスコミ対応や行政の対応への不満という共通のストレス源はあるものの、避難所生活者と自宅生活者ではストレス源が違うということ。また、他者との共同生活のストレスよりもライフラインが使えないこと、情報が入ってこないことの方がより強いストレスを感じるということが分かった。
特に情報が入ってこないという状況に対する不満は強く表れ、職員が訪問をする毎に「どのような状況になっているのか」「なぜ役場はもっと早く対応しないのか」と聞かれることが多かった。
(5) 情報の伝え方が重要
災害発生時はいろいろな情報が乱れ、憶測やデマ情報なども住民の間には広がった。水道や道路の復旧がいつになるのか予測はたてることが出来たが、予測通りにならないことも考えられ、確定情報しか出せないという災害対策本部の判断があった。そのため住民への情報発信が遅くなり、情報が伝えられないことが職員への不満になりバッシングに繋がった。
4. 住民だけで無く職員の健康管理も必要
災害発生から48時間ほどは休息がなく、その後も1ヶ月は被災者の健康確認や配水、消毒などの業務が続き時間外労働が増加した。
疲労も溜まり、1ヶ月約100時間の時間外労働を行った結果、住民の不満を受け止める職員の中には心理状態が不安定になった人もいた。被災時は住民の健康状態が優先されるが支援をする自治体職員の健康状態が守られないと効果的な支援は出来ないのではないだろうか。
結果として職員の健康状態を判断することが必要だったと思われる。
5. 最後に
災害発生時は非日常の業務が増え、通常業務も並行して行わなければいけない状態になる。通常業務でスムーズに行えていることは災害時でもほとんど問題とはならない。しかし、上司との人間関係やコミュニケーション不足、指示系統の曖昧さ、自分がやった方が早いといって仕事を割り振りできないことなど通常感じている些細な問題・不満が災害時は大きな障害となる。災害はある日突然起こるものである。今の仕事の仕方を振り返り日頃から準備をすることが何よりも大切ではないだろうか。
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