1. はじめに
近年の全国的な災害傾向をみると、大規模化・多様化しており、巨大地震や台風などに加え、火山噴火や局所的な大雨に伴う土砂災害や河川の氾濫など、各地で頻発しています。また少子高齢化や人口減少に伴い地域社会の弱体化が進み、災害リスクを高める要因となっています。このような状況の中で、各自治体においては住民の生命と財産を守るため、各種災害に備えたハードとソフトの両面で様々な検討と対策が実施されています。
本レポートでは、ソフト面の対策の中でも、2011年3月11日に発生した東日本大震災を教訓に、2016年4月14日に発生した熊本地震においてもクローズアップされた避難所の運営について、私たち自治体職員の視点から考えていきます。
「避難所」と「避難場所」の違い
東日本大震災では、切迫した災害の危険から逃れるための「避難場所」と避難生活を送るための「避難所」が明確に区分されていなかったため、被害拡大の一因ともなりました。このため災害対策基本法の改正により、切迫した災害の危険から逃れるための緊急避難場所と、一定期間滞在し、避難者の生活環境を確保するための避難所が明確に区分されました。各自治体が「地域防災計画」により指定しています。
○避難場所とは
・切迫した災害の危険から逃れるために緊急的に避難する場所で、屋外の公園やグランドなどが指定されています。
○避難所とは
・災害に危険性があり、避難した住民等を災害がなくなるまでに必要な間、滞在させ、または災害により家に戻れなくなった住民等を一時的に滞在させるための施設で、学校や公民館など屋内公共施設が指定されています。 |
2. 過去の災害からみる避難所運営者の実態と課題
(1) 東日本大震災
3/11の避難所運営者 |
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2011年3月11日に発生した東日本大震災は、マグニチュード9.0という巨大地震とその地震に伴う大津波の発生により、太平洋沿岸部を中心に壊滅的な被害をもたらしました。
地震発生時は平日の午後ということもあり、避難所となった学校では教職員が開設当初から避難所の運営主体となり、家庭を顧みず泊まり込みで対応されたと聞いています。
ここに仙台防災学習研究所の古橋信彦先生が行った避難所運営に関する調査結果があります。避難所となった仙台市内の小学校23校を調査したところ、発災当日の3月11日の避難所運営は14校が学校職員のみで行われ、町内会役員や民生委員が運営に協力した避難所は7校にとどまり、日頃からの地域との連携の有無によって運営主体が違ったものと推測されると述べられています。
今回の調査結果を踏まえ、古橋信彦先生は避難所運営の課題として「運営主体が誰かということ」を挙げています。東日本大震災では発災が午後3時頃であったことから、学校職員が当初運営をリードし、夕方からは町内会等の地域団体の方も協力できたはずであるのに、それができなかった避難所は今後検証する必要があるとしています。
また、避難所開設時には仙台市職員が派遣されることになっていましたが、市職員が避難所運営に関わったのは1校のみで、発災後の混乱の中で適切な対応ができなかったことや、市職員の避難所運営についての研修が不十分であったことが指摘されています。
(2) 熊本地震
2016年4月14日から16日にかけて、熊本県と大分県で相次いだ最大震度7の熊本地震では、九州熊本地方を中心に甚大な被害をもたらしました。熊本地震ではピーク時、県内に約900カ所の避難所が開設されました。避難所の運営主体は避難者自身と言われていますが、様々な地域から集った避難所ではリーダーの存在がなく、ほとんどのことを行政職員が担っていたと聞いています。ここでは、避難者自身が受け身となり、すべて行政職員に頼ってしまった結果、避難住民が主体となるべき避難所運営が上手くいかなかったという実態が浮き彫りになりました。また、九州地方のある自治体は、各避難所運営に職員の大部分がとられてしまい、肝心の災害対策本部の人員が手薄となり、うまく機能しなかったという事例も報告されています。各自治体においては、日頃から災害時における職員の役割分担を明確化し、いざという時に動ける、機能できる組織体制を構築しておく必要があります。
3. 避難所における自治体の役割
(1) 平常時
日頃から地域内の連携を図り、相互に顔の見える関係を築いておくことが大切です。具体的には、避難所となる各学校、避難所運営の中核を担う自主防災組織などをはじめとする地域団体、そして自治体が調整役として加わり、常にこの3者が話し合いの場を定期的に持つことで、有事に備えることができます。また、合同で避難所運営訓練など実践的な練習を重ねていくことで、より連携と機能を強化することができます。私たち自治体は平常時から地域と学校を結ぶコーディネーター役として、積極的に関わっていく必要があります。
(2) 非常時
災害対策本部と避難所の連絡調整をする役割があります。避難者が何人いて、どれくらいの物資が必要なのかを的確に把握し、災害対策本部に伝達する必要があります。また、避難者による自主運営を妨げない範囲で、避難所運営を支援する必要があります。
4. 酒田市における取り組み事例「地域・学校・市による避難所運営マニュアルづくり」
(1) 酒田市の紹介
酒田市は、山形県の北西部に位置し、2005年11月に酒田市と八幡・松山・平田町の1市3町が合併した人口約10万4千人の地方都市です。平野、海、山々などの豊かな自然に加え、県内唯一の重要港湾酒田港があり、港湾都市として発展してきました。
本市には、南北方向に約38キロメートルも延びている県内主要活断層帯のひとつ、庄内平野東縁断層帯が横断しており、最大想定でマグニチュード7.5程度が想定されているほか、30年内発生確率も6%と全国的にも高い数値となっています。また、2014年8月に日本海沿岸の津波発生要因となる海底断層も新たに公表され、最大想定でマグニチュード7.7から7.8で、最初の津波が到達する時間も最短1分と予測されています。これらの地震・津波災害が万一発生すれば、市民生活に大きな被害をもたらすとともに、避難所生活を余儀なくされる方が多数出てくるものと推測されます。
(2) 避難所に対する不安の声
地域防災計画において避難所を指定し、避難所に指定されている市内の各小・中学校に計画的に食料や生活物資を備蓄してきました。また、市で作成した避難所開設・運営マニュアルもありますが、人事異動の直後などマニュアルが後任に理解されていない場合もあります。
災害発生は市役所の開庁時間であったり、学校に先生がいる時間帯とは限りません。もし真夜中に指定された学校へ避難すると仮定した場合、開鍵問題や避難所の運営手法をはじめ、地域(自主防災組織等)や学校には多くの不安がありました。
▼避難所に対するそれぞれの不安 |
立 場 |
不安の声 |
住民 |
真夜中で外は雪、家は地震により倒壊したため入れない。避難所に指定されている近くの学校へ家族みんなで行ってみたら、真っ暗で鍵も開いていない。いったいどうすればいいの? |
地域
(自主防災組織) |
避難所の運営は、避難者の自主運営と言われているけど、どのように対応すればいいのだろうか? また、学校の鍵は誰が開けてくれるのだろうか? |
学校
(教職員) |
東日本大震災では、多くの学校で教職員が家庭を顧みず、避難所運営にあたったと聞いたけど、この地域でもし大地震が起きたらどうすればいいの? |
市
(職員) |
避難所では何をすればいいんだろうか? 避難所の学校にまっすぐ行くのか、それともいったん市役所に集合するのかどっちだっけ? |
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(3) 地域・学校・市による話し合いを実施
このような不安を解消するとともに、災害時における地域・学校・市共通の避難所の初動体制のためのマニュアルづくりに向けて、本市では2017年7月から12月まで、市内34すべての地域において、地域と学校、市による1回目の話し合いを実施しました。出席者は地域側がコミュニティ振興会の会長、事務局長、防災担当部長、自治会長、学校側が校長や教頭、市側が関係する部署に加え、避難所や支部を担当する地元在住の職員を対象としました。この話し合いを通して、それぞれの役割分担を明確にするとともに、初期段階でまず行うべき事項や夜間の開錠方法、学校施設の利用可能箇所やルール等について確認をしました。
今後、避難所運営を円滑に行うための地域別の地域ごとのマニュアルづくりに繋げるため、2回目、3回目の話し合いを引き続き開催していきます。
(4) 避難所連絡員の配置
本市では2017年度より、避難所連絡員(市職員)を新たに事前に指定しました。この避難所連絡員は、災害時に避難所へ向かう職員です。災害対策本部と各コミュニティセンターに配置される支部指定職員(市職員)と避難所の連絡調整を図る役割があります。支部指定職員とは、コミュニティセンター単位(34か所)を支部と位置付け、被害状況の把握をするために配置される市職員です。
(5) 避難所運営のための役割分担
この話し合いを通して、避難所は地域・学校・市の協働により運営するものとし、次のような役割分担を確認しました。
地域(自主防災組織・コミュニティ振興会等) |
各避難所の運営委員会の機能を担当し、避難所運営の主体を担います。 |
学校(学校職員) |
避難所運営の初動体制をサポートするとともに、学校施設に関する対応を行います。 |
市(市職員) |
避難所連絡員を配置し、災害対策本部、支部との連絡調整にあたり、避難所運営の総合的なサポートをします。
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5. まとめ
避難所には「命と健康と尊厳を守るために必要な最低限の生活環境」が求められます。具体的にはトイレであったり、寝床、食事、環境衛生などであり、加えて要配慮者(高齢者、障害者、妊婦・幼児など)への配慮やプライバシーの確保、女性の視点での避難所運営などがあると思います。
避難所の生活で一番怖いのは「災害関連死」です。避難生活の疲労や生活環境の悪化により病気にかかったり持病が悪化したりして亡くなることをいい、災害関連死は1995年の阪神・淡路大震災で初めて国が認定したものです。阪神・淡路大震災で900人以上、東日本大震災で3,000人以上、熊本地震で200人以上と言われています。このような犠牲者を出さないことが、自治体としての最低限の役割ではないかと考えています。避難者のストレスをできる限り軽減し、より良い避難所環境を行政と地域が一体となって作り上げることが大切です。
また、避難所の運営には地域の方々の協力が欠かせません。しかし、何の備えもなく突然集まった人々が、自分自身も被災した厳しい状況で、避難所を運営するのはとても難しいことです。避難所運営における課題や改善の方法は、過去の災害からある程度明確になっています。平常時から地域内のコミュニケーションを図り、避難所運営マニュアルの整備や、避難所の開設・運営訓練(図上訓練も可)を繰り返し行うなど、いざという時に動ける人づくり、組織づくりに日頃から取り組むことで、災害時でも行動範囲と視野が広がり、円滑な避難所運営ができるのではないでしょうか。
自治体が取り組む防災・減災対策には、3つのポイントがあると考えています。1つ目は「経験と準備」であり、経験したことはノウハウが分かり自らの判断や責任で行動できますが、経験したことがない場合は楽観的に見がちで、行動しない場合が多いということです。現実的には災害を実際に経験することはごく稀であり、その経験を補うためには想像力を働かせ、本番さながらの訓練に本気で取り組む姿勢が必要です。2つ目は「自治体の災害対応は空振りはOKでも見逃しはNG」ということです。リードタイムが読める災害については、地域住民に対して避難指示など早めの対応をすることが、結果的には空振りであっても、万一の事態を逃れらます。3つ目は「防災もまちづくり」という視点です。防災だけでまちづくりを進めると限界があり、防災の分野だけでなくインフラの整備や教育・福祉・子育て支援の充実など、他分野と連携して総合的な取り組みをすることで「安全で住みよいまち」を構築していきます。これらには地域住民の理解と協力が欠かせません。
私たち自治体職員は、自らも被災者となり得たり、また、行政自体も被災することから、その災害対応業務に追われたりします。日頃から家庭や職場においても防災意識を高め、全庁的な研修会や訓練等を定期的に開催するなど、防災担当課以外の職員をいかにその気にさせ、研修や訓練の場に引き込めるかが今後の自治体における危機管理・防災体制を強化していくうえで、大きなポイントになると考えます。
最後に、私たち自治体が防災対策事業を展開していくうえで、自治会、自主防災組織など、地元の地域団体との連携は必要不可欠です。とくに各団体の役員に限らず、住民全員がいろいろな面で関わっていただくことで、地域の活性化が図られ、災害時の共助にも繋がります。言い換えれば、私たち自治体職員も地域の一員として、日頃から地域コミュニティに積極的に関わりを持つべきだと考えます。
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