【自主レポート】

第37回土佐自治研集会
地元企画分科会 「ふるさと」を次の世代へ~「犠牲者ゼロ」の防災まちづくり~

 災害時や復興時における自治体職員の役割は重要である。しかし、大規模災害が発生する度に、業務の多忙さ等からメンタル疾患に陥ったり、退職する職員が少なからずいる。しかし、今までこうした被災職員自身の課題等に対する対策の検討はなされていない。
 南海トラフ地震の発生が予測される未災地(未来に被災する地):高知市において、職員自身が自分たちの不安の原因を通じて、今できる対策について検討を重ねている。



大規模災害の未災地自治体職員の課題と不安
―― いま、できることを考える ――

高知県本部/高知市職員労働組合 福冨 真子

1. はじめに

 高知県は、近い将来発生すると言われる南海トラフ地震において、甚大な被害を受けると予測されている。そのため、行政においても地域においても、防災や減災に向けての取り組みが熱心に進められている。
 地域においては各町内会単位ベースで作られた自主防災会の活動への支援が盛んに行われるとともに、高知県では黒潮町とともに高知市下知地区のように住民が主体的に地域に根差した地区防災計画を策定するといった取り組みも進んでいる。高知市においても、こうした地域の活動を進めるとともに老朽化した調査の建て替えを行うなど発災後の防災拠点の整備に取り組むとともに、職員の防災士資格の推進、防災部局の人員配置の強化などを行っている。
 しかし、こうした取り組みが進む一方で、職員の中には「南海トラフ地震が起こったら……」という漠然とした不安を抱えている。東日本大震災の際に断片的に報じられた庁舎などの壊滅的な被害や、自らが被災者になった職員の姿、被災自治体職員の疲弊などについて断片的な報道から、こうした葛藤を抱えることになるだろうということは、職員の中でも共通認識となってきたように感じるが、そのことについて職員自身が話し合う機会はあまりない。職場で話していても、不安に感じていることは家族環境や住んでいる場所、業務の内容によって、それぞれ異なっている。


2. 被災した職員が抱える課題

 7月に起きた西日本豪雨災害の際にも、2日間十分な休息や食事もとらないまま被災者の対応に当たった職員や、避難所運営のため何日間も泊まり込み対応をする職員がいたという話をあちこちで聞く機会があった。また、災害対応時の組織体制が十分に周知されていないなどの理由から、他県からの応援職員がスムーズに支援に入れないことや、行政と関係機関の連携がうまくできていないといったことがあったようだ。
 こうしたさまざまな被災後の状況の中での被災自治体職員の課題として、阪神・淡路大震災以来、すでに職員のメンタルヘルスが課題とされており、少なからず対応が行われている。自治労においても、東日本大震災時には「惨事ストレスとメンタルケア:災害支援参加のあなたへ必読書」(発行元:自治労総合労働局法対労安局/自治労労働安全対策室、制作:人材育成技術研究所、イラスト:きみのみき)という冊子を作成し、被災地に派遣される職員に配布している。
 『1000時間後のあなたへ~東日本大震災で頑張ったあなたへ~現実への帰還のために~』(発行元:公務員連絡会地方公務員部会、制作:人材育成技術研究所、イラスト:きみのみき)の中では、応急対応期から災害復興期にかけて自治体職員には、被災したこと以上に、以下のような葛藤が表面化するとされている。

1.対市民

市民の切実な本音と向き合う時間
例)罹災証明の発行をめぐって、仮設住宅の入居をめぐって……

2.対組織

行政内部の利害の対立。
例)ガレキの集積場所や仮設住宅用地等としての土地の利用をめぐって……

3.対社会

何をしても評価されない

4.対家族

公務員としての自分が、家庭における妻・夫、母・父、子としての役割を担えない

5.対自分

被災者としての自分、被災体験の意味付け、価値観の変化、人生の目的、将来の展望

 こうした葛藤の多くは、あまり報道されることはなく、被災した自治体職員の声もあまり目にする機会がないのではないだろうか。


3. 高知市職員の抱える不安

 高知市は南海トラフ大地震をはじめ、台風や豪雨災害など、災害リスクの高い地域である。高知市役所においては、防災担当職員以外も水防要員としての毎年6月に辞令を受け、各々避難所の運営や災害対策本部の業務にあたることとなっている。
 しかし2017年度に高知市男女共同参画推進本部部局推進委員会が行った避難所運営に携わる職員100人を対象に行ったアンケート(有効回答数87人)においても、避難所運営業務に負担感を感じている職員の割合は64%という結果となっている。
 また小学生以下の子どもがいる職員(扶養手当受給者の数によりカウント)は721人で、その割合は26.4%となっているものの、現在の高知市BCP(業務継続計画)においては保育園の再開は早くても発災後3日目以降であり、急性期と言われる迅速な災害対応が必要となる1日目や2日目に育児中の職員が参集できない可能性があることも指摘されている。
 このような負担感や課題に対して、今できることは何なのかを考えようと、高知市役所の若手職員(結成当時)を中心に活動をしている自主学習グループ「こうち未来創造塾」では、2017年7月に埼玉県男女共同参画推進センターの瀬山紀子さんを講師に「大規模災害時の自治体職員の抱える課題について考える」という講演会を開催し、年齢や所属もさまざまな約50人が参加した。
 瀬山さんからは、東日本大震災の際広域避難所となった「さいたまスーパーアリーナ」の近隣施設としての支援活動から見えてきた自治体職員とボランティア組織などの多様な社会資源との日常的な関係性の構築の必要性とともに、公務職場の非正規公務員として、不安定な雇用の課題も被災後の自治体の課題になるのではないかという情報提供があった。
 その後のグループワークを行い、それぞれが大規模災害時に想定している課題や不安について共有した。ワークで出された意見は様々であったが、大規模災害に遭遇する経験はそれぞれが人生における初めての経験になる中でも、自分たちにできる精一杯の災害対応を行いたいという葛藤が垣間見られた。
 以下、出された課題や不安を、職場と生活という視点で分類してみた。

(1) 職場での課題や不安
① 災害対応に対する知識や経験不足
・水防要員として避難所担当だが、開設手順や運営方法に不安がある
・災害対策本部要員だが、具体的に何をすればいいのかわからない
・参集するタイミングや参集する場所がわからない
・居住地域と避難所のある地域が異なるので、避難所の地域の住民の顔を知らない
・日々の業務に追われてしまい、災害時のBCPなどの計画や方針について知る時間がない など
② 災害時の職場環境
・慢性的な人員不足なのに災害対応ができるのか不安
・参集場所が居住地から離れていて、被害状況によっては参集できない可能性がある
・参集した職員が少ない場合、自分ひとりでは何もできない
・交代要員や休憩時間、休日の確保ができなくなるのではないかという不安
・大規模災害時自分の業務と災害対応とどちらを優先するのかわからない
・避難所運営等の担当者の居場所(休憩場所)や食事がない など

③ 避難してくる住民との関係
・避難住民からの要望にどのように対応したらいいのかわからない
・災害関連死等のリスクがある中で、高齢者や障がい者にどのような配慮をしていいのか知識がない
・住民の目や声が気になる など

(2) 生活面での不安
① 被災した自分自身のこと
・大規模災害にあったとき、自分自身がどうなるかわからない
・自宅の罹災状況のことが気になる
・長期にわたる災害対応の中で自分の身体や精神的な健康のことが気になる など
② 家族のこと
・災害対応時に家族の面倒を見ることができない(育児や介護中の職員)
・配偶者も職員だが、子どもを預ける人がいない 
・勤務中に被災した場合、家族の安否を確認することができるのか など
 参加者からは「自分だけが不安に思っていたことを他の人も不安に感じていることを知ることができてよかった」「災害が起こったときのことを考えたことがなかったので、いい機会になった」「他の人の不安を聞いて、自分も困るかもしれないと思った」「まだ結婚もしていないけど、確かに災害時には子どもを置いていくのは無理だなと思う」といった意見が聞かれた。また、意見交換する中で、それぞれの職場での取り組みが不安の解消につながった参加者もいたようだった。


4. 課題や不安の解決に向けて

(1) 防災女子会の立ち上げ
 防災についての課題や不安について「気軽に話せる場があったらいいよね」と、講演会の参加者が中心となり2018年1月「防災女子会」を結成した。立ち上げメンバーが女性ばかりであったための名称だが、活動を行う際は女性限定で行うわけではなく、防災の計画や災害時の対応について防災担当者から聞たり、地域の防災訓練にみんなで参加してみようという集まりである。
 5月12日(土)に減災と男女共同参画研修推進センターの浅野幸子さんを講師に、「南海トラフ地震に備えちょこ」とのテーマで講演会を開催した。講演では、主に立場により異なる被災経験についての具体的な問題や、防災体制上の課題について学んだ後、グループに分かれ職員である自分自身が災害に直面した際に、それぞれの災害対応の場面において、どのように行動するかについて意見交換を行った。
 「津波が市内に迫っています。あなたはどうしますか? そのとき、家族はどうなっているでしょう?」
   
 
   
 「避難所に派遣されました。高齢者や障がい者の体調が悪化していますが、学校内や近所にあるもので、何ができるか考えてください。また所属部署として生活環境改善に関して支援できることは何でしょう」
 それぞれの場面にそって、戸惑いながらもそれぞれの知識や各職場での経験をもとに、「高齢者は寝起きがしづらいので、ベッドの代わりになるものを学校の机やマットで作る」「そうすると床のホコリも吸わなくて病気になりにくいよね」等々、さまざまな意見が出された。参加者が正解のない災害対応の場面において、一生懸命に考え意見を出す中で、災害が起こる前にこうしたことについて考えておくことが大事であることに気づくことができた。
 また、災害対応の場面では、困難な状況下において迅速な判断が求められるため
① 一人ではなく多様な職種や職場の人で考えることで、さまざまな解決策が生まれること
②  自分たち自身が被災したときのための支援体制が必要であり、そのことで自分たちは仕事において持てる力が発揮できること
③ 職員一人一人の防災に対する知識次第で住民の方の被災後の生命や財産への影響の大きさを左右する可能性があること を改めて実感した。
 講師である浅野さんからは、災害時のことを適切にイメージし、現状を理解し、そのときどきで適切な行動をとる判断力が大事であり、そのためには多様な立場の人と日頃から災害時のことについて意見交換し、お互いに助けあえる関係性をつくることが大事とのアドバイスもいただいた。

(2) 被災する前にできること
 講演会後に今後自分たちができることについて、話し合った。
 
 
 その中には、職場での食糧の備蓄や、災害対応のことを念頭に防災意識を高めること、地域の防災訓練への参加といった個人で取り組まなければいけないこともある一方、「防災対策部がやっていることの共有」「災害時にやることを見える化」「各課のBCPの連続性の検討」といった、すでにある計画やマニュアルが職員全体に周知されていないという課題に対して新しい取り組みが必要だという意見があった。
 合わせて、「OBや職員間の共助による職員向けの臨時保育所の開設」「育児や介護で出勤できない人に対するケア」「プロジェクトチームを立ち上げ、事前に災害時の横のつながりをつくる」といった新しい制度や仕組みについての意見が出された。
 こうした意見からは、災害対応をしなければいけないと理解していても、具体的に何をしたらいいのかがわからないことへの不安が大きいことが感じられた。そして、その不安の解決のためには、災害時の対応について正しく知り、職場や仲間と話し合い、新たな制度や仕組みを考えていくプロセスが必要になることがわかった。
 さらに、災害後のことについてシミュレーションを行っていくことが、何が課題なのかについて考えるきっかけになったという意見が多く、災害時のことについて職員間で話し合い課題を共有していくことが重要だということに気づかされた。災害時のことについて具体的にイメージをしていくことができれば、必要な心構えや準備について主体的に動くことができるのではないだろうか。

(3) 今後に向けて~災害時に自分自身で考え、行動するために~
 高知県内では、高知県立大学看護学部の災害看護プログラムが中心となり、土佐市役所の保健師さんを対象に目黒巻(災害状況イメージトレーニングツール:東京大学生産技術研究所 目黒公郎教授が作成)を使った研修を実施している。目黒巻は、季節や天気、時間帯などの条件設定を変えながら、発災後「数分後」「数時間後」「数日後」という時間の中で災害時の自分に起こること、周囲の状況の変化や、起こるであろうことを考えて理解していくためのツールであり、防災教育などでも用いられている。土佐市における研修では、就業時間外に発生した場合には、市外に住む管理職が職場に来られないということがわかり、その場合の対応方法についての具体的な体制の見直しの話が出たという。
 防災女子会として今後は、この目黒巻を使った災害シミュレーションを行い、「いつ起こるかわからない」災害に対して様々な場面を想定し、必要な準備と対策について進めていくとともに、災害が起きたとき自分の周囲で起こるであろうことをイメージしていく力を身に着けていきたいと考えている。


5. 最後に

 公務員として、災害が起きたときに住民の生命と財産を守ることは当然のことである。しかし、公務員は被災者である住民であり、労働者でもある。このことは災害時に平時以上に大きな葛藤となって職員自身の困難や課題を生み出すことがわかった。これまでの活動を通じて、高知市職員が感じている課題を具体的に把握することができた。
 しかし、こうした課題は、決して災害時のみに限定されたことではなく、例えば育児や介護をしている職員と仕事との葛藤や、他機関や職場内でのネットワークづくり、自分の頭で考え判断していくことなどは、平時からの課題である。災害時は日常の延長であり、日常できていないことは、決してできないのではないだろうかとも感じている。今後は災害時の職員の課題等に対する取り組みを検討しながら、平時の自分たちの課題にも目を向けていきたいと思う。