Ⅳ 市民参加とパートナーシップの実践手法
1 「自治労公契約研究会」報告は市民生活の質を変えるか

  石川県議会議員 広 岡 立 美

1. 多くの女性が就職や育児をきっかけに、女性として生きることの窮屈さ、息苦しさを感じるようになります。わたしもそうでした。わたしはずっと男性と女性が自分らしくのびのびと生きられる社会がくることを望んできました。子育て・介護・仕事・DVなどなど、女性問題は社会のあらゆる分野に存在します。こういう社会をどうしたら変えることができるか、それはわたしにとって大変重要なテーマです。
 たまたま昨年4月に思いもかけず県議会議員になることができました。そこで行政の役割ということを、これまでとは違い格段に意識するようになりました。そのような眼で行政の取り組みを見ていると、なんともいえずもどかしく感じることがあります。

2. 自治体は地域社会がよりよい方向に向けて変化するように促す責任を負っているはずです。そしてそのために自ら先頭にたって地域社会の変革を促す。それこそ自治体のきわめて重要な役割だと思います。男女平等の面で言えば、地域の企業や町内会・自治会そして家庭において男女平等が進むように、実効性の高い取り組みをしなければならないはずです。自治体は地域社会をよりよい方向に向けて変化するよう促す責任があります。そのことを基本におくことが大切ではないでしょうか。
 そういう観点から自治体の女性施策を見てみますと意識改革とか、いわゆる「女性団体からの要望に答える」とか、そういう形がとても多いのです。ところが、それでは肝心の企業や町内会・自治会は、なかなか変わりません。意識改革とは女性センターでフェスティバルを開催して、有名人を呼んで講演会を聞く。来ているのは女性ばかりで、「いい話だった。夫にも聞かせたかった」といって帰る。そんな光景がどの地方でも見られます。でも肝心の男性が来ていないのですから、企業や町内会・自治会はいつまでたっても変わらないのではないでしょうか。女性の意識だけが変わっても社会はなかなか変わりません。
 そこで議員になってからいつも頭にあったのは、直接、企業や町内会・自治会に対して働きかける実効性のある手段はないかということでした。ところが、これがなかなか難しいのです。一般に企業の中での労働条件の問題には自治体の権限は及びません。労働省が管轄しています。町内会・自治会に対して自治体ができることは、せいぜい女性問題に関する研修会に協力してもらうように呼びかけるくらいが関の山でしょう。

3. あるときわたしは次のようなことを考えました。
 確かに自治体は一般に地域の企業に対してあれこれ指図をする立場にはありません。しかし、少なくとも自治体との付き合いを求めてくる企業に対しては一定の範囲で要求を出すことができるのではないでしょうか。企業には社会的責任がありますから、例えば環境問題とか福祉とか女性問題とかに取り組む責任があります。そうだとすれば、自治体は公契約の相手方となる企業に対して、そうでない企業よりも高いスタンダードを求めても良いはずです。これは重要な点だとおもいます。自治体が環境問題に取り組んでいる企業と優先的に契約すれば環境問題に取り組む企業が増えるでしょう。福祉に取り組んでいる企業と契約することが多くなれば福祉に取り組む企業が増えるでしょう。女性問題に取り組んでいる企業と優先的に契約すれば女性問題に取り組む企業が増えるでしょう。またNPOとどんどん契約すればNPO活動はさかんになるでしょう。
 この場合、優先の仕方にはいろいろな手段が考えられます。例えば業者登録のときに経営事項だけでなく、環境・福祉・女性問題にどのように取り組んでいるかを記入してもらうようにする。あるいは環境・福祉・女性問題に取り組んでいる企業は入札区分を上げる。入札価格がおなじときに、環境・福祉・女性問題に取り組んでいる企業に落札する。さらには随意契約のときにそういう企業を優先する。いろいろな方法が考えられます。もし環境問題に取り組んでいるA社と、そうでないB社の2社があって、入札価格が同じであれば、どちらと契約を結ぶべきかは明らかです。環境問題に配慮しないB社は、自治体にゴミ回収の負担などの迷惑をかけています。B社の環境破壊行為のしりぬぐいのために税金を投入しているのに、そのうえ自治体の仕事をB社にさせるのは、盗人に追い銭とまではいわないまでも、少なくとも税金の無駄遣いです。これはわたしのような市民の眼から見ると、明々白々、きわめて当然のことのように思います。

4. ところが、いろいろと事情を調べるうちに、自治体職員にとっては、これが必ずしも当然のことではないとわかりました。契約担当の方にわたしの考えをぶつけますと「えっ」といった反応が返って来ます。落札者の決定にあっては最低価格を持って申し込んだ者を契約の相手方とするという原則に、かたくなにしがみついているばかりです。その原則にはわたしとて賛成です。安くて良いものやサービスを購入するべきだということはだれも反対しません。もし同じ安さ、同じ良さのものなら、環境問題に取り組んでいる事業者を選ぶのは当たり前でしょう。それを当たり前と考えないのは、どう考えてもおかしい。
 自治体が結ぶ契約については地方自治法に定めがあり、そのため自治体の契約担当者はこれまで契約についてこういった問題意識をほとんど持ってこなかったように思われます。そうはいっても、国の場合、例えば工事について最低価格調査制度のような制度があり、必ずしも価格一本やりにはなっていません。
 実際、価格が安ければよいというものではありません。たとえば県庁のビル清掃を業者に委託するとします。このとき業者に雇われている労働者の給料が低ければ低いほど、業者は安い価格で入札できる理屈になります。それならいくら安くて良いサービスだからといっても、不当に安い給料しか払っていない業者に落札するのは自治体のするべきことでしょうか。

5. そうこうしているうちに、ある本で1999年春に総合評価方式が導入されたことを知りました。価格万能だった従来の方法が改められたことを知りました。詳しく知りたいと思い、さっそく自治省へ電話をかけました。担当官の話では、施行後時間がたっていないので事例がほとんどないようでした。けれども、自治体の裁量権が広くなったこと、つまりより柔軟な対応ができるようになったことは事実です。担当官の話し振りからそんな印象を強く受けました。
 さっそく県の担当者と話す機会を持ち、契約の際に女性問題に取り組んでいる企業を優先的に扱うような方法は導入できないか、意見交換をしました。しかし、まったく考えられないというニュアンスの返事でした。そして、庁内でも環境に配慮している業者を考慮しているとか、グリーン購入を推進している、女性問題や福祉に関してはさまざまな施策を通じて対応していくべきであるという従来の考えを述べられ、契約で女性問題や環境、福祉に取り組んでいることを考慮することは恣意的ではないかとさえ言われました。断っておきますが、わたくしはこういう考え方こそ間違っていると考えています。

6. それから議員になってはじめての勉強がはじまりました。
 一口に契約といっても工事と物品購入と役務提供とでは一律に論じることはできません。物品購入は総合評価方式にはなじまないかもしれません。しかし、実際に役務提供の分野では、最近ダンピングと見まがうような契約が横行しています。これは、一見税金を効率よく使っているように見えるのですが、つまり安い価格で契約したという点では税金を無駄なく使ったことにはなりますが、その企業に雇われている労働者の雇用を大いに不安定にしている可能性があります。役務提供型の場合、人件費の占める割合が大きいからです。ダンピングは即、賃金に響きます。指名入札と一般競争入札と随意契約の違いも考慮に入れる必要があります。自治体と民間業者が随意契約を結ぶ場合これまでも福祉や環境の分野では実際に福祉や環境に取り組んでいる業者を優先しているケースがいくらでもあります。たとえばグリーン購入がそうですし、福祉作業所の品物を購入する例もあると思います。
 少し視点はずれますが、国連開発計画(UNDP)では、第三世界の女性たちの自立支援のためのプログラムを推進しています。第三世界では、今、いわゆる「貧困の女性化」が深刻な問題となっています。そこで、UNDPは女性のエンパワーメントに取り組んでいるのです。とすれば、地方自治体はこのようなプログラムで生産された品物を積極的に購入することによって国連開発計画(UNDP)のプログラムを側面から応援することができます。
 かつて1949年にILO94号条約ができたとき、日本政府もそれを批准するために国内法を整備しようとしたことがあります。法律案まで作ったのですが、結局見送られたいきさつがありました。ILO94号条約というのは、国や自治体と契約を結ぼうとする業者は、その地域における賃金相場(プリベイリング・ウエイジ)を下回らない賃金を従業員に支払わなければならないというものです。そのことによって直接的には労働者の労働条件を守っているわけです。もっと一般的にいえば、社会をよりよい方向に導こうとしているわけです。

7. 最近では1994年にボルチモア市がリビングウエイジ条例を制定したのを先頭に、アメリカの自治体が相次いでリビングウエイジ条例、すなわち生活できる賃金条例をつくっています。リビングウエイジ条例というのはどういう考えかというと、自治体と契約を結ぶ業者は例えば小さな子どもを抱えているシングルマザーが自分ひとりの給料によって子どもを育てていけるような賃金を払っていかなければならないという考え方です。リビングウエイジ運動は60年代の公民権運動の再来として大きな注目を浴びています。
 公契約をつうじて理想の方向に向けて社会の変化を誘導する。社会をよりよい方向に導くために、自治体はこころざしを高く持って、広い分野でこういった手段を活用するべきではないでしょうか。新しい公契約のありかたを実現するために、大きな運動を盛り上げていこうではありませんか。