部 落 解 放 ・ 反 差 別
― 人権行政の確立にむけて ―
部落解放同盟 西島 藤彦
1. はじめに
1965年の内閣同和対策審議会答申では、「いわゆる同和問題とは、日本社会の歴史的発展の過程において形成された身分階層構造に基づく差別により、経済的、社会的、文化的に低位の状態におかれ、現代社会においても、なお著しく基本的人権を侵害され、……市民的権利と自由を完全に保障されていないという。もっとも深刻な社会問題である。」と規定されていた。
69年7月に制定された同和対策事業特別措置法以降今日まで、一連の「特別措置法」に基づく施策によって、一定の改善がされたものの、今日においてもなお深刻な社会問題である。
96年の地域改善対策協議会意見具申でも「我が国固有の人権問題である同和問題は、憲法が保障する基本的人権の侵害にかかれる深刻かつ重大な問題である。戦後50年、本格的な対策が始まってからも四半世紀余、同和問題は多くの人々の努力によって、解決に向けて進んでいるものの、残念ながら依然として我が国における重要な課題と言わざるを得ない。その意味でも、戦後民主主義の真価が問われていると言えよう。また、国際社会における我が国の果たすべき役割からすれば、まずは足下とも言うべき国内において、同和問題など様々な人権問題を1日も早く解決するよう努力することは、国際的な責務である。」と指摘された。
このことを受けて、96年12月に人権擁護施策推進法の制定、99年7月に、同法に基づく人権擁護審議会が、人権教育・啓発に関する「答申」を政府に示した。
2. 人権教育・啓発推進に関する法律の実現に向けて
今年4月、民主党ネクストキャビネットが「人権教育・啓発の推進に関する法律要綱・骨子案」を示した。また、社会民主党、与党・人権問題等に関する懇話会においても「法律大綱」を示し、「人権教育・啓発法」の早期制定に向けての条件整備が前進してきた。この法律の実現が重要な課題である。
昨今の日本の人権状況を見ると、相次ぐ保険金殺人、少年による連続殺人等に代表される「人の命が軽視される」事件が頻発している。
さらに、警察官による一連の不祥事の発覚、横山前大阪府知事によるセクハラ事件、石原東京都知事による「三国人」発言や、森首相による「神の国」発言等、公的機関の責任ある人びとによる基本的人権の否定や差別宣伝が相次いでいる。
このような日本の危険な人権状況を直視したとき、この法律の制定は、21世紀の日本に人権文化を広げ、国際社会における重要な貢献にもつながる。
3. 狭山異議審のたたかい
○ 昨年の7月、狭山第二次再審請求が棄却決定された。鑑定人尋問、証人尋問、現場検証などの事実調べや証拠開示を行わず、可能性や推測による勝手な解釈とこじつけて、弁護団の新証拠を否定する決定でした。現在、棄却決定の誤りを明らかにする異議申立書を提出して、棄却決定の取り消しと再審開始をもとめる異議審のたたかいをすすめています。
○ 一昨年の国連の規約人権委員会の全証拠開示の勧告を活かしながら、国内外の世論形成、支援運動を高めていかなければなりません。
4. くり返しおこる差別事件を許さないたたかい
○ 昨年、大阪で発覚した「差別身元調査事件」で明らかなように、企業の採用時には、今も、部落差別をはじめとするさまざまな差別事件が起こっています。
○ 昨年6月、「職業安定法」の改正によって「統一応募用紙」の法的裏付けとなる大臣指針が盛りこまれました。(資料参照)
指針には「求職者等の個人情報の取り扱い」の項目で「人種、民族、社会的身分、門地、本籍、出生地その他社会的差別の原因となる恐れのある事項、思想および信条、労働組合への加入状況」については、個人情報を収集してはならない原則を明記しています。
今後の課題としては、就職差別を禁止する法律の制定が重要です。
◎ 差別落書、投書、結婚差別事件など今も各地で起こっています。
急速に普及してきたパソコン通信やインターネット通信を利用した差別事件が続発しています。挑戦的な内容や愉快犯的な内容が多く、高度情報時代を反映した深刻な社会問題になっています。
とくに公共施設への落書に対しては、現行法で対処したり啓発活動の一環として「警告文」の掲示や差別落書防止キャンペーンなど、広範な取り組みがすすめられています。
93年の政府(総務庁)による国民の意識調査(2万4,080人対象)でも、なんらかの形で反対する可能性があるこの3つの回答をあわせると、じつに53.7%にも達します。根深い結婚差別の背景には、いまなお結婚にさいして「家柄」を気にする風習が存在しています。
【資料1】
職 業 安 定 法(抜粋)
1999年6月改定
(求職者等の個人情報の取扱い)
第5条の4① 公共職業安定所等は、それぞれ、その業務に関し、求職者、募集に応じて労働者になろうとする者又は供給される労働者の個人情報(以下この条において「求職者等の個人情報」という。)を収集し、保管し、又は使用するに当たっては、その業務の目的の達成に必要な範囲内で求職者の個人情報を収集し、並びに当該収集の目的の範囲内でこれを保管し、及び使用しなければならない。ただし、本人の同意がある場合その他正当な事由がある場合は、この限りでない。
② 公共職業安定所等は、求職者等の個人情報を適正に管理するために必要な措置を講じなければならない。
(引用者注)「公共職業安定所等」には、職業紹介事業者、労働者の募集を行う者および募集受託者並びに労働者供給事業者も含まれる。労働者の募集を行う者は募集形態の如何(直接募集、間接募集、委託募集)を問わず第5条の4が適用される。
(指針)
第48条 労働大臣は、第3条、第5条の3、第5条の4、第33条の5及び第42条に定める事項に関し、職業紹介事業者、労働者の募集を行う者、募集受託者及び労働者供給事業者が適切に対処するために必要な指針を公表するものとする。
(指導及び助言)
第48条の2 労働大臣は、この法律の施行に関し必要があると認めるときは、職業紹介事業者、労働者の募集を行う者、募集受託者及び労働者供給事業者に対し、その業務の適正な運営を確保するために必要な指導及び助言をすることができる。
(改善命令)
第48条の3 労働大臣は、職業紹介事業者、労働者の募集を行う者、募集受託者又は労働者供給事業者が、その業務に関しこの法律の規定又はこれに基づく命令の規定に違反した場合において、当該業務の適正な運営を確保するために必要があると認めるときは、これらの者に対し、当該業務の運営を改善するために必要な措置を講ずべきことを命ずることができる。
(労働大臣に対する申告)
第48条の4① 職業紹介事業者、労働者の募集を行う者、募集受託者又は労働者供給事業者がこの法律の規定又はこれに基づく命令の規定に違反する事実がある場合においては、当該職業紹介事業者に求職の申込みをした求職者、当該募集に応じた労働者又は当該労働者供給事業者から供給される労働者は、労働大臣に対し、その事実を申告し、適当な措置を執るべきことを求めることができる。
② 労働大臣は、前項の規定による申告があったときは、必要な調査を行い、その申告の内容が事実であると認めるときは、この法律に基づく措置その他適当な措置を執らなければならない。
第5章 罰則
第65条 次の各号のいずれかに該当する者は、これを6月以下の懲役又は30万円以下の罰金に処する。
8 第48条の3規定による命令に違反した者。 |
【資料2】
労働大臣指針(労働省告示第141号・抜粋)
1999年12月施行
第4 法第5条の4に関する事項(求職者等の個人情報の取扱い)
1 個人情報の収集、保管及び使用
(1) 職業紹介事業者等は、その業務の目的の範囲内で求職者等の個人情報(以下単に「個人情報」という。)を収集することとし、次に掲げる個人情報を収集してはならないこと。ただし、特別な職業上の必要性が存在することその他業務の目的の達成に必要不可欠であって、収集目的を示して本人から収集する場合はこの限りではないこと。
イ 人種、民族、社会的身分、門地、本籍、出生地その他社会的差別の原因となるおそれのある事項
ロ 思想及び信条
ハ 労働組合への加入状況
(2) 職業紹介事業者等は、個人情報を収集する際には、本人から直接収集し、又は本人の同意の下で、本人以外の者から収集する等適法かつ公正な手段によらなければならないこと。
(3) 職業紹介事業者等は、高等学校若しくは中等教育学校又は中学校の新規卒業予定者から応募書類の提出を求めるときは、職業安定局長の定める書類(全国高等学校統一用紙又は職業相談票(乙))により提出を求めること。
(4) 個人情報の保管又は使用は、収集目的の範囲に限られること。ただし、他の保管若しくは使用の目的を示して本人の同意を得た場合又は他の法律に定めのある場合はこの限りでないこと。
2 個人情報の適正な管理
(1) 職業紹介事業者等は、その保管又は使用に係る個人情報に関し、次の事項に係る措置を講ずるとともに、求職者等からの求めに応じ、当該措置の内容を説明しなければならないこと。
イ 個人情報を目的に応じ必要な範囲において正確かつ最新のものに保つための措置
ロ 個人情報の紛失、破壊及び改ざんを防止するための措置
ハ 正当な権限を有しない者による個人情報へのアクセスを防止するための措置
ニ 収集目的に照らして保管する必要がなくなった個人情報を破棄又は削除するための措置
(2) 職業紹介事業者等が、求職者等の秘密に該当する個人情報を知り得た場合には、当該個人情報が正当な理由なく他人に知られることのないよう、厳重な管理を行わなければならないこと。
なお、有料職業紹介事業者は特に厳重な管理を行わなければならないこと。 |
【資料3】
雇用及び職業における差別に関する条約(ILO第111号条約)
第1条(定義):
1. この条約の適用上、「差別」とは、次のものをいう。
(a) 人種、皮膚の色、性、宗教、政治的意見、国民的出身又は社会的出身に基づく区別、排除又は特恵で、雇用又は職業における機会又は待遇の平等を無効にし又は害する効果を有するもの。
3. この条約の運用上、「雇用」及び「職業」とは、職業訓練を受けること、雇用及び特定の職業につくこと、並びに雇用の条件をいう。
第2条(国内政策):
この条約の適用を受ける各加盟国は、雇用及び職業に関する差別を撤廃するために、雇用及び職業に関する機会及び待遇の平等を、国内の事情及び慣行に適する方法により、促進することを意図した国内政策を宣言しかつそれに従うことを約束する。
第3条(加盟国の義務):
この条約の適用を受ける加盟国は、国内の事情及び慣行に適する方法により、次のことを行うことを約束する。
(a) 前記の国内政策の受諾及び遵守を促進するに当たって、使用者団体及び労働者団体並びに他の適当な団体の協力を求めること。
(b) 国内政策の受諾及び遵守を確保することを目的とする法律を制定し、かつ、そのような教育計画を促進すること。
(c) 国内政策と両立しない法律規定を廃止し、かつ、そのような行政上の命令又は慣行を修正すること。
(d) 国の機関の直接監督下にある雇用に関して、国内政策に従うこと。
(e) 国の機関の指導下にある職業指導、職業訓練及び職業紹介の活動において、国際政策の遵守を確保すること。
(f) この条約の適用に関する年次報告の中に、国内政策に従ってとった行動及びその行動によって確保された成果を記載すること。
第4条(国家の安全)
第5条(特別の保護、援助):
1. 国際労働機関の総会が採択した他の条文又は勧告に規定する保護又は援助の特別措置は、差別とはみなされない。
2. 加盟国は、代表的な使用者団体及び労働者団体がある場合にはそれらの団体と協議したうえ、性、年齢、障害、家庭責任又は社会的若しくは文化的地位を理由に、特別の保護及び援助を必要とすると一般に認められる者の特別の必要を満たすことを意図した他の特別措置が差別とはみなされないことを決定することができる。
第6条(非本土地域への適用)
第7条(批准の通知)
第8条(効力発生)
第9条(廃棄)
第10条(事務局長による通知)
第11条(国際連合事務総長への通知)
第12条(改正)
第13条(本条約と改正条約との関係)
第14条(正文) |
【資料4】
ILO雇用及び職業についての差別に関する条約(第111号条約)に関する日本政府の報告(1995年)
(a) 法律又は国内慣行上、本条約によって生ずる問題点、または、本条約の批准を阻害しもしくは遅れさせているその他の理由、及び(c)本条約の批准が予定されているかどうか、また、予定されている場合は、いつ頃になるか:
我が国においては、基本的には憲法第14条に一般的に法の下の平等が規定されており、雇用、職業の分野においては、労働基準法、職業安定法、男女雇用機会均等法に基づき差別に対する施策が講じられている。
しかしながら、本条約は、雇用及び職業に関する広範な差別を対象としており、その批准にあたっては国内法制との整合性等について更に検討する必要があるので今後とも引き続き検討を進めてまいりたい。
(b) 国内の法又は慣行によって未だ対象とされていない本条約の規定を実施するための措置に関する何らかの提案について:
報告すべき特段の事項はない。
● 1999年3月に、ILO事務局に対する批准の検討状況等の情報提供を行ったが、内容は「前回(1995年)提出した情報提供のとおりである」というものであった。 |
|