国内人権システムをめぐる国際動向と日本の人権政策確立の課題
人権フォーラム21事務局 前川 実
(HREネットワーク事務局長)
はじめに ― 人権フォーラム21とは
人権フォーラム21は1997年11月に人権が完全に尊重される社会を築くことをめざす市民のネットワークとして結成されました。その主たる活動は、政府の人権擁護推進審議会をウォッチングし、日本の人権政策の確立に向けて政策提言することにあります。現在、[人権政策提言]づくりを進めています。
1. 人権擁護推進審議会の検討状況
人権救済制度に関する7/28「論点整理」の公表
2. 「国連パリ原則」とは?「国内人権機関」とは?
3. 諸外国における国内独立人権機関の動向
4. 反差別法の必要性 ― 国連が「反人種差別モデル法」を提唱
5. 人権・反差別実体法の整備と国内独立人権機関の設置が当面の課題
6. 人権フォーラム21の「人権政策提言骨子」(案:2000.9.2)
【参考資料】
国 内 人 権 機 関
「国内人権機関」とは、①人権保障のため機能する既存の国家機関とは別個の公的機関で、②憲法または法律を設置根拠とし、③人権保障に関する法定された独自の権限をもち、④いかなる外部勢力からも干渉されない独立性をもつ機関の総称である。裁判所などの司法機関とは異なる。人権委員会のように複数の個人で構成される型と、オンブズマンのように単独の個人で活動する型がある。オーストラリアの人権・機会均等委員会やスウェーデンの国会オンブズマンなど今日では世界各国で設置されている。
発展途上国では軍隊や警察の権力濫用による人権侵害が横行し、また先進国でもマイノリティに対する構造的・社会的差別が解消していない。こうした人権侵害や差別の被害者は、費用と時間がかかり、しかも手続が面倒な裁判を利用して救済を求めることはまれで、多くの場合泣き寝入りを強いられてきた。そこで冷戦後国際連合は、人権侵害の苦情について無料で相談を受け、迅速、簡単に救済をはかる、政府から独立した人権擁護機関の設置を加盟国に働きかけ始めた。
1993年12月に国連総会は「国内人権機関の地位に関する原則(パリ原則)」を採択し、国内人権機関(以下「機関」)のあるべき姿を示した。機関の機能としては、①人権法制・状況に関する政府・議会への提言、②人権諸条約の批准や国内実施の促進、③人権諸条約上の政府報告書への意見表明、④国連人権関係機関などとの協力、⑤人権教育・研究プログラムの作成支援、⑥人権・差別撤廃の宣伝、などを例示する。これらの機能を実施するため、機関の構成員は社会の多元性を反映するよう選出し、その任期は明確に定め、独立した財源をもつものとするなど、機関の独立性の確保策を示す。また機関の活動としては、①苦情申立の検討、②意見の聴取、情報・文書の取得、③意見や勧告の公表、④人権の伸長と保護に責任をもつ司法機関などとの協議、⑤人権NGOとの連携、などを掲げる。機関は司法機関ではない。しかし、パリ原則は、①調停を通じての友好的解決、②救済手段に関する申立者への情報提供、③法律の制限内での申立の聴聞、他機関への移送、④法律、規則、行政慣行の改正・改革の提案、など準司法的権限を機関はもてることも示している。
アジア太平洋地域には、ニュージーランド、オーストラリア、フィリピン、インド、インドネシア、スリランカ、フィジーに機関が設置されており(99年11月現在)、これら7機関はアジア太平洋国内人権機関フォーラムという連合体を組織し、定期的に会合している。
なお、自由権規約委員会は日本政府の第4回報告書に関する最終見解(98年11月)で、日本の人権擁護委員制度は法務省の監督下にあり、勧告権限しかもたず、政府から独立した機関ではないとして、人権侵害の申立を調査する独立機関の設置を日本政府に強く勧告した。
【参考文献】 国連人権センター、マイノリティ研究会訳(山崎公士監修)『国内人権機関 ─ 人権の伸長と保護のための国内機関づくりの手引き書』(解放出版社、1997)、人権フォーラム21編『世界の国内人権機関』(解放出版社、1999)(山崎公士) |
人権フォーラム21の人権政策提言骨子(案)(9.2増補改訂)
人権フォーラム21では、規制・救済部会を中心に、21世紀日本の人権政策のあり方についての提言づくりを進めてきました。この間、第18回にわたる規制・救済部会での研究討議、部会のもとに設置された作業部会での集中した討議を経て、さる8月24日に「人権政策提言骨子」(作業部会案)をとりまとめました。人権フォーラム21としての「提言・より良い日本の人権保障制度をめざして」は、最終的には次のような全体構成を検討中で、今回の「人権政策提言骨子(作業部会案)」は第三部<提言>に相当するものです。
人権フォーラム21の提言「より良い日本の人権保障制度をめざして」
はじめに
現状 ― 日本の人権状況の何が問題なのか
原則 ― わたしたちの提示する人権概念
提言 ― より良い日本の人権保障制度をめざして
|
<提言 ― より良い日本の人権保障制度をめざして・もくじ>
1. 人権政策の指導原理
2. 法的措置が必要
3. 政府から独立した国内人権機関の設置を
4. 人権委員会の救済機能
5. 人権委員会の政策提言機能
6. 人権に関する官庁の新設を
7. 人権擁護委員制度の改編を
8. 議会の人権問題審議機能の強化を
9. 裁判所における人権侵害・差別事案処理の専門化
10. 国際人権法の国内実施体制の整備を
11. 市民社会との協働と「人権文化」の定着を |
国連・反人種差別モデル国内法について
反人種差別モデル国内法策定の背景
2001年8月~9月に南アフリカ共和国で国連主催の反人種主義世界会議が開催される。この会議では、①反人種主義等闘争の検証、②人種主義等とたたかうための現行の基準・文書をよりよく適用・履行する方策の検討、③人種主義等は社会悪であることの周知、④人種主義等をもたらす政治・歴史・経済・社会・文化その他の要素の検討、など7項目が討議される。この会議の討議事項からも伺えるように、人種主義や人種差別は社会悪であり、禁止され、処罰される行為であることを法律で定めることは、人種主義や人種差別とたたかう有効な手段となる。この趣旨から、国連は「人種主義および人種差別とたたかう第2次10年」の活動計画の一環として、反人種差別モデル国内法(以下、「モデル法」)を準備した。
モデル法策定の方法
モデル法は、反人種差別法を立法するさいの基礎やガイドラインを国連加盟国に提示し、加盟国にこうした国内法の制定を促す目的で策定された。この作業にあたっては、既にこの種の国内法をもっている下記の41加盟国の法律を収集し、参照した。
アルジェリア、オーストラリア、オーストリア、ブラジル、ブルガリア、カナダ、チリ、コロンビア、キューバ、キプロス、旧ユーゴ、ドミニカ、エクアドル、エルサルバドル、フィンランド、フランス、ドイツ、ガーナ、グアテマラ、ハンガリー、インド、イラン、メキシコ、モロッコ、ナミビア、オランダ、ニュージーランド、ニカラグア、パキスタン、パナマ、フィリピン、ポルトガル、セネガル、スペイン、スウェーデン、トリニダード・トバゴ、トルコ、旧ソ連、アラブ首長国連邦、連合王国(UK)、アメリカ合衆国(USA)。 |
これら諸国の国内法の分析においては、まず次の要素を確認した。
(a) 人権享受における平等と非差別
(b) 人種間寛容・調和の促進機関
(c) 申立て手続
(d) 救済
(e) 刑罰
次に、国際法上の国家の義務、ならびに反人種差別規定を制定する計画上の国家への要請を考慮し、国内法規定を以下のように総合した。
(a) 原則に関する規定
(b) 予防的規定
(c) 抑止的規定
モデル法の起草にあたり、事務総長は、実体国際法を指針として、人種差別とたたかう国家がとる予防的および抑止的行為を考慮に入れた。しかし、特定の国家ではこの両者は相対的なので、モデル法で両者を別の章で提示するのは疑問である(たとえば、犯罪の定義はすなわち予防的機能をもつが、他方で、人種間寛容と調和を促進する機関の設置は、個々の申立てを扱う場合、準抑止的役割を果たしうる)。
(以下、略)
解題・国連反人種差別モデル国内法(山崎公士)より引用。 |
人権フォーラム21による人権政策提言骨子(案)
カナダ人権委員会の国内的相関図
表1 カナダ人権法で禁止される差別事由と差別行為
禁止される差別事由 |
禁止される差別行為 |
1)
2)
3)
4)
5)
6)
7)
8) |
人 種
肌の色
出身地(国)・民族
宗 教
年 齢
性別(妊娠・出産に基づく差別を含む)
婚姻の有無
家族関係(子どもの有無など) |
9) |
心身障害(アルコール依存・薬物依存を含む) |
10)
11) |
放免された犯罪歴
性的指向 |
|
1) |
物品・サービス供与・施設利用・宿泊の拒否 |
2)
3) |
店舗・住居の占有の拒否
雇用・求人差別 |
4) |
労働組合がその構成員に対して行う差別的取扱 |
5) |
差別事由に基づいて雇用機会を奪うような政策・慣行の実施又は特定の_ |
6)
7)
8)
9) |
不平等賃金
差別的言語
憎悪の表明
嫌がらせ |
|
オーストラリアの法制度と人権及び機会均等委員会
表2 オーストラリア 反差別諸法により禁止される差別行為と事由
法 律 |
禁止される差別事由 |
禁止される差別分野 |
人種差別法
(1975年) |
1)
2)
3)
4)
5) |
人 権
皮膚の色
出 自
民族的起源
種族的起源 |
|
1)
2)
3)
4)
5)
6) |
職 場
公共のビルや場所へ入ること
土地や住居などの居住
商品・サービスの販売・提供
労働組合への参加
人種憎悪発言 |
|
性差別法
(1984年) |
1)
2)
3) |
性 別
結婚しているかどうか
妊 娠 |
|
1)
2)
3)
4)
5)
6) |
職 場
教 育
土地や住居などの居住
商品・サービスの販売・提供
認可を受けたクラブへの加入
連邦法の実施 |
7) |
各分野でのセクシュアル・ハラスメント行為 |
|
障害差別法
(1992年) |
1)
2)
3) |
身体・視聴覚の障害
知的障害
精神的な疾患 |
4) |
病気につながる可能性のある病原体の存在(HIVなど) |
|
1)
2)
3)
4)
5)
6)
7)
8)
9) |
雇 用
教 育
公衆が立ち入る施設へのアクセス
商品・サービスの販売・提供
居住
土地の購入
クラブへの参加
スポーツ
連邦法・施策の実施 |
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朝日新聞
読売新聞 10/4
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