雇用・就業問題への3つの視点
日本女子大学教授 高木 郁朗
今日の段階では雇用・就業ににかかわる課題は3つの視点から論じなければならないと思う。
第1はいうまでもなく量的な視点である。失業者数300万人以上、失業率4%台の後半という数値は日本が失業問題でアメリカやヨーロッパの先進国と同水準にたっていることを示している。リストラを行い、人べらしをすすめることが「善」であるとする風潮がはびこり、リストラのあとには残業と労働強化がおこなわれて、結果として劣悪で粗悪な製品や災害をもひきおこしている。リストラは社会と経済のモラルハザードを生みだしている。この点からすれば、失業を防止し、雇用機会を増大させることこそを「善」とする政策基準がうちたてられなければならない。
第2は質的な視点である。現在は労働組合の解雇規制力が弱まっていることもあって経営者側は不安定雇用への依存を強めている。本来終身雇用とよばれる長期勤続制度は企業のなかで技術や技能を修得しつつ、よりレベルの高い労働者に育っていく制度であった。企業がその時だけに役に立てばよいという考えで雇用を取り扱うならば、日本の産業を支えてきた労働力の質の高さは失われてしまう。情報化の進展のような新しい技術のもとでも、基本的には同じことがいえる。安定的な雇用と能力の発展を支える人的資本投資の視点が不可欠ということになる。
雇用の質にかかわるもう一つの問題点は、労働力供給側が、実態面でも意識の面でも、ますます多様になっているという事実とかかわっている。女性の労働力率の上昇、高齢化と年金受給年齢の引き上げのなかでの高齢労働者などは実態面での一端であり、若年層の一部にある自由な働き方を求めるといったことは意識の面での一端である。賃金額だけでなく自らの労働の社会的意義を考える人びとも多くなっている。このような多様性は、なんらかの雇用・就業機会があればよい、というのではなく、人びとの多様な雇用機会のニーズを保障する労働市場政策が必要となっていることを示している。
このこととかかわるのが第三の労働行政にかかわる視点である。官庁統合ともなう労働行政の機構改革として従来県におかれてきた職業安定行政が地方労働局として国に一元化されたが、これは明らかに雇用・就業をめぐる政策展開のあるべき姿からは逆行している。人びとに雇用・就業機会をマクロ的に保障する経済政策を実行することはたしかに国の責務である。しかし、高度経済成長期のように地方の人的資源を大都市地域や工業地帯に動員するというのではなく、それぞれの地域にみあった雇用・就業機会を創出し、またそれに対応する人材を育成するためには、労働行政の分権化の視点が不可欠なのである。
もっともこの点での責任は国の側にのみあるわけではない。県や市町村の方も、労働行政は国のものとする固定観念があって一般的には消極的な姿勢を採ってきたからである。
今日、ヨーロッパ諸国の雇用政策をみると、地域レベルで労使と行政が同一のテーブルについてその地域での雇用機会の確保のためのプランをつくりだし、それを財政面で国が保障するというあり方が広くおこなわれるようになっている。三者が協議してプランをつくり、実行していくあり方はソーシャル・パートナーの制度とよばれるが、現段階ではそれが国のレベルではなく、地域のレベルでおこなわれるようになっていることを示している。
自治研全国集会ではこの3つの視点が地域でどのように具体化されていくべきかを重要な焦点の一つとして論議してもらいたい。
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