JCO臨界事故の教訓と課題

自治労脱原発ネットワークアドバイザー 末田 一秀


はじめに

 1999年9月30日10時35分頃、茨城県東海村の核燃料加工工場JCO東海事業所において臨界事故が発生した。事故の直接の原因となった作業を行っていた大内さん、篠原さんが亡くなられた他、多くの労働者が被曝した。また、翌朝午前6時15分頃まで約20時間臨界状態が継続し、周辺住民も放射線を浴びる結果となった。そのため、約350mの範囲の住民には避難要請が行われ、さらに10キロ圏内約31万人に18時間にもわたって屋内退避が呼びかけられる、文字どおりわが国原子力史上最悪の事故となった。
 従来から原子力防災の充実を求める取り組みを行ってきた自治労では、自治労脱原発ネットワークで調査団を組織し、事故直後に防災の初期対応の問題点等のヒアリング調査を行うなどして、報告をまとめている。
 また、原水禁と原子力資料情報室の呼びかけで「JCO臨界事故総合評価会議」が組織され、自治労選出で末田と消防協議会から中村義彰氏が参加した。報告書は本年9月末に七つ森書館から刊行されている。
 この両報告の作成に係わった者として、自治研のテーマに関連する部分を中心に両報告の紹介も行いながら、特別報告としたい。

 

1. 臨界事故とは

 「臨界事故は1999年9月30日午前10時35分ごろ、茨城県那珂郡東海村にある(株)JCO東海事業所の「転換試験棟」と呼ばれる建物の中で起こりました。(中略)
 臨界とは核分裂の連鎖反応が維持される条件に達することを言います。核分裂で発生する中性子と失われる中性子の数が等しい状態です。原子力発電所ではこの状態を維持管理しているわけです。ところが、臨界事故では発生する中性子の数が失われるのよりも多く、核分裂はねずみ算式に増えて、暴走状態に達します。これは一瞬の出来事です。そして、国の専門家といわれる人たちは瞬時に臨界は収まったと考えたのでした。
 ところが、臨界状態は予想に反して、およそ20時間に渡って継続しました。10月1日早朝に決死の作業を行って、ようやく臨界を止めたのでした。臨界が起きているタンクを取り巻く水を抜き取ることでかろうじて臨界状態を脱出したのでした。この水はタンクを冷却するための水で、循環して建物の外の冷却塔(クーリングタワー)につながっていました。作業は外に出てきているパイプを破壊して、循環している水を抜き取るというものでした。でもそれほどうまく抜き取れず、最後はアルゴンガスをパイプの中に入れて、その圧力で水を抜き取ったのでした。その結果、幸運なことに臨界状態を脱することができたのです。幸運なことというのは、事前の計算では水を抜いても臨界を止められるかどうか分からなかった(ある安全委員の発言)からです。」

 総合評価会議報告書から


 「今回の事故で核分裂によって生成した死の灰の大部分は沈澱槽内にとどまったが、希ガスとヨウ素は放射性のガスとなって飛散した。臨界が継続している約20時間に放出された放射性ガスの推定量は、科学技術庁によると、希ガスが約148兆ベクレル、ヨウ素が約18.5兆ベクレルである。この放出量は事故評価尺度のレベル5に相当し、科学技術庁発表のレベル4は過小評価といえる。
 また、臨界終結後もJCOは事故現場を密閉して放射能放出を防止する措置を取らなかったばかりか、10月11日まで排気装置を停止しなかった。この点に関する適切な指導が行われなかったことも問題であった。
 自治労調査団は、10月12日のヒアリング調査終了後にJCO敷地境界外側(北西角)でヨモギと土壌を採取し、放射能分析を東京都立産業技術研究所に依頼した。その結果、ヨモギから放射性ヨウ素131が8.8±0.9ベクレル/キログラム検出された。放射性ヨウ素131は半減期が8日のため、ヨモギの検出値を臨界反応がほぼ終了しかけた10月1日午前4時半の時点に補正すると30.6ベクレル/キログラムとなる。
 このレベルの検出値を、科学技術庁は「原子力発電所等周辺の防災対策について」の飲食物摂取制限値(葉菜)2,000ベクレル/キログラムと比べて低いから問題ないと説明しているが、そもそもこの飲食物摂取制限値が高すぎることが問題なのであり(ちなみにチェルノブイリ事故時の輸入制限値は、370ベクレル/キログラム)、今回の汚染についても事故直後のレベルをまったく問題なしとすることはできない。
 また、事故後迅速に科学技術庁が検出データを公表しなかったことも問題であった。」

 自治労脱原発ネットワーク臨界事故調査団報告書から


 

2. 事故原因と核物質防護

 事故は軽水炉(普通の原発)用燃料に関する作業で起こったのではなく、高速増殖炉「常陽」のための燃料の溶液製造の最後の工程で起こった。「常陽」は核燃料サイクル開発機構が建設し、運転している実験炉である。事故にいたった作業が軽水炉用燃料の製造業務と異なるもっとも重要な点は、軽水炉用の燃料に含まれる低濃縮ウラン(235U存在度、3~5%)ではなく中濃縮ウラン(235U存在度、18.8%)を取り扱っていたことにある。中濃縮ウランは、当然低濃縮ウランよりも少量でも臨界になりやすく慎重な取り扱いが要求されたが、バケツを使用する裏マニュアルが存在し、さらにその裏マニュアルにさえ反する作業が行われた結果、臨界事故が発生した。
 原子力安全委員会事故調査委員会報告書(99年12月24日)は、違法な作業を行った作業員に原因を押しつけているが、危険性に関する教育も不十分なまま作業に当たらされていた作業員の責任とすることは出来ない。
 「常陽」はナトリウム火災事故を起こした高速増殖炉原型炉「もんじゅ」の1つ前の開発段階に当たる実験炉である。その燃料はプルトニウムであるが、プルトニウムが核兵器の原料であるため核物質防護上の要請から燃料製造の早い段階からウランと混ぜる必要があった。そのため硝酸ウランの溶液という液体で、しかも均質な状態で搬入するよう核燃料サイクル開発機構はJCOに求めたのであった。そこで、JCOでは、沈殿槽で均質化作業が行われる結果となった。
 無理な発注を行った核燃料サイクル開発機構や、臨界量を上回るウラン溶液を投入可能な沈殿槽を問題とすることなく許可した安全審査の体制こそが問われるべきである。

 

3. 事故の背景となったJCOでの人員合理化

 JCOの経営状態などについては、原子力安全委員会事故調査委員会「緊急提言・中間報告」に次のような記載がある。「株式会社ジェー・シー・オーの経営状態をみると、売上高は平成3年は32億5千万円であったが、平成10年には17億2千万円余りであり、生産高は552トンから365トンへ減少している。同時期に、社員数は162名(うち大卒技術者34名)から110名(うち大卒技術者21名)へ減少しており、特に直接部門の技術者等に対して大幅な人員削減が行われている。こうした苦しい経営状況の背景には国際的な競争が激化していったことが挙げられている。」今回の事故の背後に、同社の厳しい経営状況と人材の流出があったことは間違いない。〔総合評価会議報告書〕

社員数 表

 

4. 被曝量の評価の問題

 住民・労働者が被曝した大半は、臨界が継続している約20時間に直接JCOの沈澱槽から照射された中性子線によるものであった。
 原子力安全委員会事故調査委員会報告書(99年12月24日)は、実測で線量が評価されたJCO職員、周辺住民7人、消防職員等の個人線量を示すに止まる不十分なものであった。
 その後、行動調査に基づく推定などにより住民200名等の被曝量評価が行われ、公表された。(「(株)ジェー・シー・オー東海事業所臨界事故による人への線量の状況と今後の取り組みについて」科学技術庁事故調査対策本部、2000年1月31日)
 これまでの評価をまとめると、次表のとおりとなる。

分       類 人数 備    考
従 業 員 実測で線量が評価された者 事故発生時に作業に従事していた者 3名
注1
1~4.5GyEq程度(12/20に放医研から退院)
6.00~10GyEq程度(4/27に逝去)
16~20GyEq程度(12/21に逝去)
水抜き作業等に従事した者 18名 ホールボディ・カウンタ、線量計等で検出。その範囲は3.8~48mSv(実効線量当量)注2
ホウ酸水注入に従事した者 6名 線量計等で検出。その範囲は0.7~3.5mSv(実効線量当量)
その他事故時に敷地内にいた者 49名 ホールボディ・カウンタ、フィルムバッチで検出。その範囲は0.6~47.4mSv(実効線量当量)
推定で線量が評価された者 96名 敷地内の場の線量評価とJCOが実施した個人の行動調査から推定。その範囲は0.06~16.6mSv(実効線量当量)
防災業務
従 事 者
実測で線量が評価された者 政府関係機関(原研、サイクル機構の職員) 57名 フィルムバッチ、TLDで測定した206名のうち、57名から検出。その範囲は0.1~9.2mSv(実効線量当量)
消防署員(事故発生時に救助に従事) 3名 ホールボディ・カウンタで検出。その範囲は4.6~9.4mSv(実効線量当量)
一般住民 実測で線量が評価された者 7名 ホールボディ・カウンタで検出。その範囲は6.7~16mSv(実効線量当量)
推定で線量が評価された者 200名
注3
行動調査に基づき推定。その範囲は0.01~21mSv(実効線量当量)
注1) 血液中のナトリウムの計測、染色体の分析、全身計測によるナトリウム24計測値及びリンパ球数によって推定。
注2) 実効線量当量とは、放射線の人体の様々な組織への影響を合計して評価するための単位。
注3)避難要請の出された概ね350m以内の区域内に居住又は勤務する265名から、事故発生から20時間後までの間に1㎞に留まっていなかった58名と実測で線量が評価された7名を除いた者。


 防災業務関係者については、政府関係機関と消防署員のみの評価しか示されておらず、東海村職員、県職員等や警察官などの被曝量は明らかにされていない。〔自治労報告書〕
 とりわけ被曝線量が高かったのは、臨界の継続を止めるために行った「決死の突撃」作業でした。中性子線は建物を突き抜けて飛び出していますから、建物の外とはいえ、沈殿槽の近くへ行く作業では強く被曝するのも不思議ではありません。2人1組で作業に当たるのですが、その作業時間は3分以内と定められました。この作業にはJCOの選ばれた(中高年)作業員があたったと伝えられています。彼らの胸に付けた線量計は最大の人で120ミリシーベルトに達しました。放射線を扱う作業に従事する人は年間50ミリシーベルトを限度としています。生活の糧を得ているのだから、そこまでは我慢してくださいというわけです。そして、事故時にその防止のために止むを得ない場合に限り1度だけ100ミリシーベルトまでの被曝が容認されています。この作業員はそれをも大幅に超える被曝をしました。その他にこの作業で50ミリシーベルトの被曝を超えてしまった人は6人に上りました。
 被曝線量を予測して100ミリシーベルトを超えないように作業時間を定めたはずでしたが、計算に使った建物周辺の図面と現場が異なっており、作業員は予測に反して建物に近づいてしまったために、被曝線量が限度を超えてしまったのでした。
 ところが、科学技術庁事故対策本部が発表した「(株)JCO東海事業所臨界事故による人への線量の状況と今後の取り組みについて」(2000年1月31日)では、この被曝線量が再評価されて、結局50ミリシーベルト以下に切り下げられてしまいました。この切り下げは2つの点で問題が残ります。1つは、現在の法律では線量計の値(1㎝線量当量)を被曝線量として扱うことになっているのです。ところが、この事故ではその値をわざわざ全身の被曝線量(実効線量当量)に引きなおしたのです。放射線従事者の被曝は登録センターに1㎝線量当量の値で登録されて、また、統計されているのです。こんな引きなおしをすれば、それが根底から覆ることにもなりかねません。もう1つの問題は、中性子の人体への影響が見直されつつあるという点です。実は、2001年から新しい評価が国内法に取り入れられることになっています。それによれば、中性子の人体への影響は少なくとも従来の2倍高く見ることになります。すでに見直しが決定しているにもかかわらず、科学技術庁は従来の低い値を採用して被曝線量を低く見積もったのです。〔総合評価会議報告書〕
 科学技術庁の評価を覆すために、様々な取り組みが行われている。
 総合評価会義では、今年2月に1,182世帯を対象に住民生活影響調査を実施した結果、事故当日や直後の身体の異常を訴える声が多く寄せられた。
 自治労でも、茨城県本部を中心に防災業務に従事した組合員のアンケート調査等の取り組みが行われ、事故直後から頭痛、倦怠感の症状や恐怖感などの心理的影響を感じるとの訴えなどが寄せられている。
 阪南中央病院は、「臨界事故被害者の会」の協力を得て被曝線量・健康実態調査に取り組んでいる。7月に行われた予備調査は70人を対象にしたものであったが、被曝線量の推定を2001年からの新しい評価法で行ったところ、最高180ミリシーベルトで、対象者の3割が年間限度の1ミリシーベルトを超えていた。科学技術庁の評価結果を通知されていた23人について比較すると、科学技術庁の評価は7分の1もの過小評価になっていたという。また、健康調査では、①半数近くの人が何らかの急性症状を訴えており、うち3分の2は複数の症状を訴えていること、②特に50ミリシーベルトを超える人は、事故直後から激しい頭痛、息苦しさ、下痢、全身のだるさ、喉の痛みなどの症状が現れ、現在も体がだるい、疲れやすい、風邪をひきやすいなどの症状が続いていること、③したがって被曝量と健康状態に密接な関係があることなどが報告されている。

私たちの評価方式による被曝線量(A)と科技庁が通知した被曝線量(B)

事故後健康状態が悪化した人の割合(実人数%、被曝線量別、12歳以上)

 

5. 防災対策に関する自治労脱原発ネットワーク報告

(1) 原子力災害対策特別措置法の制定
  原子力安全委員会事故調査委員会の「緊急提言・中間報告」(11月5日)を受けて早々に原子力災害対策特別措置法案がまとめられ、12月13日可決成立した。
  しかしなお、以下の疑問点があり、取り組みを進めていく必要がある。
  ① 国が緊急事態宣言
    国が緊急事態宣言する異常な水準の放射線量の基準は、米国における基準等を参考にして500マイクロシーベルト毎時という値が定められた。現実に日本で起きた臨界事故等の教訓から基準設定するのではなく、海外の基準との整合性を優先する姿勢では防災の実効性は向上しないであろう。

  ② 国の権限強化は改善に逆行

    法15条3では、国が地方自治体へ、緊急事態応急対策に関する事項を指示するとしている。しかし、臨界事故の経過を見てみれば、災害対策本部の設置時間が示すように、最も対応が遅かったのは国であった。事故を教訓に改善が図られたとしても、現場から遠い国が事故発生時に直ちに状況を把握し、適切な指示を出せるとは考えがたい。市町村長が国の指示を待ちつづけ手遅れになることのないよう、独自の判断で避難勧告等を出すことも求めていく必要がある。また、そのためには、適切な判断を下せる能力を自治体が充実させていく必要がある。
  ③ 防災訓練は国の計画に基づく

    法13条では、防災訓練を国が定める計画に基づいて行うとされている。この国が定める計画には事故の想定に関することも含まれることが明記されている。(13条2)
 これまで国は十分な事故想定を示してこなかったが、法律に基づいて今後適切な想定を示すだろうか。茨城県が独自の事故想定に基づき防災計画を改訂したり、宮城県がチェルノブイリ事故を1桁上回る放射能放出量を想定して防災訓練を実施したり(99年9月3日)しているが、自治体の独自の想定を封じ込めることのないよう監視する必要がある。
  ④ 原子力防災専門官の身分
    自治労や原発立地自治体が役置を要求してきた原子力防災専門官の設置が盛り込まれている。(30条)しかし、自治労が要求した「身分は地方に、費用は国で」ということではなく、科学技術庁と通産省に置くとされている。
  ⑤ 事業者に通報義務を課した事故の規模は?
    事業者に通報義務が課せられたが、政令案では5マイクロシーベルト毎時、10分間以上継続して検出されたときなど大規模な事故に限られている。事故に至るまでの軽微な故障も含めた通報義務を安全協定などにより課す必要がある。
  ⑥ 原子力レスキュー隊要求の結果が自衛隊
    原発立地自治体が要求してきた原子力レスキュー隊の設置は見送られ、代わりに総理大臣が自衛隊の派遣要請を行うことができるとされている。(20条4)
  ⑦ オフサイトセンターの機能のあり方は?

    緊急事態応急対策拠点施設(通称オフサイトセンター)は、関係者が多くなればなるほど、迅速な設営や関係者の参集が難しくなる。
 法施行によりオフサイトセンターの指定作業が始まるが、事故を通報に頼らずに平常時から監視する機能と合わせた整備を行うべきだ。

(2) 原子力安全委員会事故調査委員会報告書
  法制定後に最終的に取りまとめられた原子力安全委員会事故調査委員会報告書は、「結果的に東海村に所在する原子力発電所、再処理施設を前提として整備されていた防災体制によりできるかぎりの対応がなされた」とし、「JCOの施設が防災対象となっていなかったという点」を問題として指摘しているものの、防災計画が何故機能しなかったのか検証せず、極めて不十分なまま検討を終えている。

(3) 原子力災害危機管理関係省庁会議報告書
  「原子力災害危機管理関係省庁会議」(議長・安藤忠夫内閣危機管理監)の報告書が本年3月27日に出されている。(「原子力災害危機管理に関する報告書」)報告書では、事故対応の教訓を次のとおりあげ、政府が取るべき施策を列挙している。

① 国、地方自治体、専門家、事業者を含む原子力事業にかかわる全ての関係者において、原子力安全に関する意識を抜本的に改め、いかなる防止措置が講じられていようと事故発生の可能性を完全に排除することはできず、万一発生した場合に備えて被害を最小化するための対策を準備しておくという、危機管理の発想に転換すべきである。
② 国、地方自治体間の連携を強固なものとするために、現地における総合的な対策本部を設置するとともに、現地の状況をリアルタイムに意思決定者に提供する体制の構築が必要不可欠である。
③④(略)
⑤ 事前に適切かつ具体的な災害想定を検討し、屋内退避・避難計画を作成した上で、関係機関によるより実戦的かつ頻繁な図上演習や、関係者が幅広く参加する総合的な防災訓練を行うべきである。
⑥⑦⑧(略) 

 報告書があげた項目の今後の動向に注目していく必要がある。

(4) まとめ
  臨界事故については、事故の真相究明や補償が完了しておらず、今後も引き続き関係者の努力が求められる。
  防災対策に関しては、原子力安全委員会事故調査委員会報告書や「原子力災害危機管理に関する報告書」のあげた改善策がどこまで実行に移されるか監視していく必要があるが、なお残るであろう問題点について大きく3つの指摘をしておく。
  ① 第1に防災指針の問題である。

    「防災指針」の避難基準は事故直前の9月13日に改訂されたばかりであるが、予測線量当量が全身10~50mSvで屋内退避、50mSv以上でコンクリート建屋屋内退避又は避難という高すぎるもので、今回の臨界事故ではこの基準に測定された線量が達していなかったことが避難「勧告」を発動できず、避難「要請」を遅らせる原因の1つとなった。この点に関する反省のないまま示されている改訂案は、改善につながらないであろう。引き続き検討を加え、抜本的な見直しが必要である。
 またこれから各地で行われる地域防災計画の見直しに当たっては、自治労として積極的に関与し、問題点を指摘していく必要がある。
  ② 第2に事故想定の問題である。
    燃料工場での臨界事故などまったく想定していなかったため、中性子線測定器など基本的な装備が用意されていなかった。このため、中性子線の測定が遅れ、臨界継続の状況把握が遅れた。あらゆる原子力事故を、事故発生からその進展まで詳しく想定して、対策を考えるのが原子力防災の基本である。最悪事故を想定してデータの集積等を行うとともに、原子力災害対策特別措置法に基づく防災訓練を行って防災体制の検証を行うべきである。
  ③ 第3は事故状況の把握と分析能力の問題である。

    JCOはFAXでの第一報の段階から「臨界事故の可能性」を伝えていた。東海村が比較的早い対応をできたのは、再処理工場爆発事故の教訓から原子力の専門職を嘱託採用していたことや、JCO職員が直接村役場に駆け込んで住民避難を要請するなど臨場感を持って対策にあたらなければならなかったことが大きい。一方、国は、当日2時から開かれた原子力安全委員会でも「臨界事故ならば継続することはない」と誤った分析を行っていた。第一線で対策に当たらなければならない自治体が、事故情報を正確につかみ、分析する能力を確保できるよう要求を続けていく必要がある。

 

 

資 料
総合評価会議報告書各章の要約と提言

序章 東海村臨界事故のあらまし
 この章では、事故の時点から現在までの経過について、豊富な資料を駆使して、事故の概要が手際よくまとめられている。
 事故の経過、「臨界事故調査委員会」による調査、不適切な作業手順と作業設備、起こった核分裂の回数と時間変化、中性子の敷地外への放出、事故の原因、放射能の生成と周辺への移動、核燃料サイクル開発機構(以下、旧動燃)の発注者責任問題、科学技術庁と原子力安全委員会の責任問題、原子力防災体制の不備、東海村住民生活意識調査の結果を順を追って説明している。以後の章に含まれなかった事柄にも触れられているので、事故について知るための基礎として重要な文章である。

第1章 東海村臨界事故 ― 経過と原因に関する考察
 この章では、事故にいたった作業、放射線と放射能の放出および事故の責任の所在などについて述べられている。
 JCOと住友金属鉱山の関係は深く、経営面でも核燃料加工施設としての適格性でもJCOを独立した企業とは認めにくい。経営状況は悪く、人員整理が進み、有能な人材が流出したと思われる。危険な作業が未経験の社員によって行われていたことにはその背景がある。
 事故は、危険な中濃縮ウランを含む溶液を、臨界の起こりやすい「沈殿槽」内で混合したために起きた。このような作業をすれば破局にいたることは分かっているはずなのに作業は強行された。旧動燃からの濃厚溶液製造と均一濃度の溶液の納入の依頼が、結果としてステンレスバケツを用いるような作業になった。
 政府の事故調査委員会報告では、起こった核分裂の回数を2.5×1018としたが、この値を求める際の調査は不十分であり、非常に正確な値は得られていない。また、核分裂数の時間変化についての情報は不十分であり、放射線被曝を受けた人の線量評価の際に誤差が大きくなる原因となっている。
 放射能の放出量は大きくはなく、中性子線被曝に比べて人体への影響が小さいはずであるが、身体の異常を訴えた住民がいることを考えると、今後の徹底した検討が必要であろう。

第2章 放射線被曝と健康への影響
 この章では、主として中性子線の人体への影響に関係する問題について述べられている。
 今回の事故の特徴は、JCO関係者だけでなく周辺住民が中性子線によって重大な被曝をしたことである。中性子線被曝の生体影響は大きいが、その被曝線量の評価はきわめて難しい。国による被曝評価では、その評価方法がしばしば変更され、それとともに被曝線量が大きく下方修正された。そのようなやり方が住民の不信を招くようになっている。周辺住民に対する線量評価については、疑問な点、不明な点あるいは明らかな誤りが多く見出されている。
 科学技術庁は「200ミリシーベルト以下ならば、ガン発生の増加などの健康影響の懸念はない」との見解である。その根拠は国際放射線防護委員会(ICRP)の広報60であるが、これを基にして上記の線量以下ならば影響がないとするのは誤りであろう。
 放射線による影響を十分考慮した徹底した健康診断および適切な医療を受ける権利は国が保証すべきである。

第3章 事故原因について
 この章では、事故調査委員会における事故原因に関する議論の問題点について述べられている。
 事故調査委員会は、投入されたウラン量、沈殿槽への投入の動機などの事故原因の最も基本的事実関係について、ほとんど解明の努力をせず、証拠の裏づけもなく事故調査委員会に提出された資料とも矛盾する認定をしている。沈殿槽に投入されたウランの重量は16.6㎏となっているが、裏づけとなる操業記録が事故調査委員会に提出されず、投入したとされる各バッチのウラン量を示した1枚の表が出所不明のまま出されているだけである。しかし、委員会に提出された他の複数の資料は、今回の作業で投入されるべきウラン量は、14.5㎏ないし15㎏であることを示唆している。
 沈殿槽使用の理由については、副長からの聞き取りのみである。その内容は、貯塔は床面から10㎝しか離れておらず不便であったこと、作業を早く終わらせたかったことなどである。認可申請書の「設計および工事の方法」を見ると、貯塔の底面は床面から40㎝のようであり、沈殿槽を利用には事前の洗浄を必要なことを考えると、作業時間の短縮でなったかどうか疑問がある。
 過去の製造手順にも確認されていないことがある。事故調査委員会報告書では、常陽第6次製造までは「クロスブレンディング」で均質化していたことになっているが、第6次と第7次製造の間に検討されたJCO内の安全委員会資料では、均質化に貯塔を使って攪拌混合されていたと記載されている。事故調査では、まだ過去の作業について明らかにしていない事実があると考えられる。

第4章 原子力安全行政の破綻と安全行政の独立のために
 この章では、主として原子力施設の安全審査などに関する問題について述べられている。
 原子力安全委員会によるこの施設の設置許可申請に係わる審査内容を十分に検証できる資料が公表されていない上に、事故調査の過程でも審査の実態に関する調査を行っていない。
 転換試験棟に係わる審査では、よりどころとすべき濃縮ウランの加工施設に関する指針を策定してから安全審査を行うべきであった。
 臨界事故が発生した最大の原因は、この施設において根本的な臨界対策である「形状寸法管理」が怠られていたためである。安全審査では、「臨界事故は起こりえない」と断定し、臨界が起こった場合にそれを停止させるための設備の設置を要求しなかった。また、国の安全審査や監督官庁は、JCOで違法な作業手順による作業が、長年にわたって行われていたことを見抜くことができなかった。
 原子力を推進する機関の中に置かれた安全規制機関の手によっては問題点に踏み込んだ厳しい安全審査や運転状況の監督は期待できない。推進と規制の分離独立が強く求められる所以である。

第5章 核燃料サイクル開発機構(旧動燃)の責任について
 この章では、旧動燃の責任がきわめて重いことが論じられている。
 事故調査委員会の報告書では、発注者である旧動燃の責任について取り上げられていない。委員会の審議の過程でもほとんど議論されていない。このことは、委員の中に旧動燃の者が2名入っていることと関係があるのではないか。
 沈殿槽への投入をはじめ、過去のクロスブレンディングや貯塔の使用というJCOの許認可逸脱操業の中心的部分は、発注者である旧動燃が1バッチという取扱量(ウラン重量、2.4㎏)を超えて1ロット単位(ウラン重量、14-16㎏)での均質化処理を要求したことに対応するためのものである。本来の施設の能力を超えた発注が事故の要因になっているというべきである。
 ウランの溶解から沈殿までの各工程はウラン濃度が最大でも100g/リットルである。施設の設計はこの量を前提として二重以上の装荷を防ぐようになっている。しかし、再溶解では380g/リットルの高い濃度を旧動燃は要求している。これでは、容量上二重装荷を防止することはできない。この点でも旧動燃が転換試験棟の施設の設計で想定されていない高濃度のウラン溶液を求めたことが臨界事故を引き起こす要因となったというべきである。

第6章 事故に係わる防災上の対応について
 この章では、原子力事故の際の防災上の問題点について述べられている。
 放射線被曝による被害を防ぐには、住民の迅速な避難が重要であるが、今回の事故では緊急避難の措置が取れなかった。避難指示が遅れたのは、現行の原子力防災計画が国や県の指導助言を前提としているからである。国の緊急技術助言組織が迅速に機能しなかった点も含めて、事故調査委員会ではこの点の検討は行われていない。
 防災指針で定められた高すぎる避難基準に達しないために、避難「勧告」が発動できず、避難「要請」が遅れる原因の1つとなった。これは原子力安全委員会の責任である。
 科学技術庁は436名の被曝者数を公表したが、この中に避難の際の業務に徒事した東海村職員や交通規制にあたった警察官などが含まれていない。
 原子力災害対策特別措置法が1999年12月に成立し、そのなかでオフサイトセンター構想が出されている。事故時に関係者が集合して指揮をとる計画であるが、むしろ常設の機関として整備すべきである。

第7章 東海村民と那珂町民の被害・不満・不安 ― 住民生活影響調査から ―
 この章では、今年2月に実施された「自記式留置法」による調査とその分析結果について述べられている。
 地元市民グループおよび学生有志の協力を得て、事故現場から2㎞の範囲を5ブロックに分けて住民の意識調査を行った。調査数は1,182世帯であった。得られた主な調査結果は、事前の予想以上に体のだるさや皮膚のかゆみなど事故当日や直後の身体の異常を訴える声が多く、かつ不安感や事故現場への恐怖感などの精神的症状を訴えるものが多いこと、自分や家族への将来の放射線の影響に対する不安感が強いこと、約8割の住民が科学技術庁の責任が大きいと厳しく評価している一方で、村上村長ら、東海村当局への対応への評価は高いこと、3分の2の住民は、原子力発電に関して批判的な意識をもつようになったこと、しかし同時に、東海村の今後の地域像については、「原子力との共存」をあげるものが40%にのぼっていることなどである。

第8章 原子力産業の現状とJCO臨界事故
 この章では、今回の臨界事故と日本の原子力産業の置かれている状況との関わりについて述べられている。
 1995年から98年までに、JCOの再転換事業の年間生産高は25%減となり、価格競争による値下げ圧力も加わって売上高は半減した。そこで大幅なリストラが行われ、1人当たりの仕事量は2倍近くに増えた。原子力産業についてはできるだけ国産化するという国策によって、かつては環境として恵まれていた。しかしながら電気事業者は電源間の競争力を高めるために、国内のみならず国際市場を通じて安価な資材、サービスの調達へと転換してきている。このような状況が事故の背景にある。
 高速増殖炉の原型炉である「もんじゅ」のナトリウム漏えい火災事故により実証炉以降の計画は白紙となっている。常陽の燃料をつくることに労働者の誇りはもちようがない。モラルハザードは本音と建前の乖離の中に起きた。
 今回の事故は、「将来に夢がもてない」原子力利用が必然的に引き起こした事故である。将来の世代への「負の遺産」を少しでも小さくする仕事に携わることが尊重されるような世の中をつくる方策を考えたい。

第9章 JCO臨界事故における損害賠償
 この章では、原子力事故の際の損害賠償の規模の大きさなどについて述べられている。
 この事故に対する現時点での損害賠償の合意金額は、139億円に達している。今回は、JCOの親会社である住友金属鉱山が、100%子会社であるJCOに代わって責任をとり、全面的に支払に応じている。しかしながら、彼らの対応を見ると、ともかく賠償問題を早く終わらせようとする傾向が見られ、賠償金額を低額に押さえようとする傾向も見られる。
 わずか1㎎のウランの核分裂で、このように巨額の損害賠償義務が発生している。原子力発電所や再処理工場での過酷事故が起きたときには、10倍から100倍以上の損害賠償責務を惹起する恐れがある。これらの事故に完全に対応する保険などありえない。

第10章 JCO事故とその対応に見る原子力開発体制の問題点
 この章では、日本の原子力開発に関する問題点について述べられている。
 軽水炉については、輸入に続く国産化という方針が取られた。それに対して、高速増殖炉の開発は国内での本格的な開発によらねばならない。その開発能力が旧動燃には備わっていないことが問題の核心であり、それを備えることは非常に難しいであろう。
 原子爆弾の開発と製造にあたった「マンハッタン計画」においても研究者間の議論は活発であり、各人の創意が生かされる体制ができていたと考えられる。当初から多くの困難が予測された増殖炉開発においては、自由な研究の雰囲気を保つことが重要である。今回の事故の原因をJCOの違法な作業に矮小化した事故調査委員会の態度は無責任であり、適切を欠いたものではないだろうか。

政府への提言

 1. 第三者機関によって今回の臨界事故の再調査を行うこと
   事故調査委員会による今回の事故の調査が全く不十分であることは既に述べた。事故の重大性に鑑み、もっと完全な調査をする必要があることはいうまでもない。そのような調査は、原子力利用を推進しようとする者だけを集めたのではできない。
   調査には企業秘密の壁の突破と「核物質防護」に関わる微妙な問題との対応が必要であり、その壁を越える権限が必要である。
 2. 一般の放射線被曝者に対する心身のケアを十分にすること
   住民の放射線被曝による健康に対する不安は根強いものがある。根拠もなしにいたずらに「安全」だけを強調することは、かえって住民の心身の健康を損ねる。長期的な健康診断と心理的なカウンセリングが必要である。その際に必要な経費は国が負担するべきである。
 3. 原子力施設の安全審査の体制を全面的に見直すこと
   今回の事故は、原子力安全委員会がほとんど権限をもたない存在価値の乏しい委員会であることを明らかにした。さまざまな点が改革されなければならない。最低限、技術的な水準の高い常勤職員の配置、第三者機関による活動状況の点検評価、それらを前提とした権限の強化が必要である。現在の体制の小さな手直しでは事態はまったく改善されない。
 4. 放射線に関わる教育訓練を強化すること
   現場の技術者・労働者の教育訓練もさることながら、経営の責任者に対する教育が必要である。安全な労働環境を作ることは、企業の経営責任者の第一の責務でなければならない。
   内容的には、「放射線の安全」よりも「放射線の危険性」を重視した教育が必要である。
 5. 事故の際の防災体制を抜本的に見直すこと
   事故通報のみにたよらず初動対応を効果的に行うために、常設の機関を整備し、平常時から原子力施設を監視するシステムを確立する必要がある。特に重要なことは、事故時に情報が一元的に統制されないことであり、原子力諸機関を地域内にもつ自治体は、必要に応じて管内のどこででも十分な精度で放射線の計測が出来るよう、設備・人員を平常から整備しておくべきである。
 6. 核燃料物質の計量管理を厳格に行うこと
   今回の事故では、濃縮度の高いウランの数量などの管理体制が不適当である可能性が浮き彫りにされた。たとえば、沈殿槽の中に入っていた濃縮ウランの重量についてさえ正確な値が公表されているとはいえず、転換試験棟の中に存在する核燃料の量も明らかではない。


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