循環型社会を切り開く農林漁業の構築を
島根大学教授 北尾 邦伸
1. われわれはこの10年以上にわたって「環境保全型農林漁業の推進」という看板を掲げ、地域社会でのその確立をめざしてきました。そして、このような考え方は広く受け入れられるところとなりました。しかし、日本の第1次産業は衰退の一途をたどり、いよいよ土壇場のところにまで追いつめられています。担い手・後継者問題、食糧自給率の問題、食品の安全性、土地改良等の公共事業や補助金のあり方の問題、中山間地域での所得直接支払い方式の開始、都市農業の役割や里山保全の問題など、問題が山積しています。
そこで、今回の自治研集会から、「循環型社会を切り開く農林漁業の構築を」と看板を書き改め、より踏み込んだところから農林漁業の存立を社会に訴えつつ、分析と行動を前進させていくことになりました。
2. 21世紀には、産業活動や生活がますます環境に「配慮」したものとなっていかざるをえないのは明白です。そして、近年、「循環型社会」が叫ばれ出したことは、注目に値します。これは、ゴミ・廃棄物問題が深刻きわまりない状況となったことから、このことを基点として社会のあり方を問い直し、対策を講じていこうとして提唱されてきた1つの社会像です。今年度に成立した循環型社会形成推進基本法は、廃棄物の減量と再資源化、そして、環境負荷の低減と天然資源の消費の抑制をうたっています。
3. ところで、農林漁業にこそ循環があり、自然とのリズムがあるはずです。また、農林漁業は自然の循環と社会の物質循環の接点に位置する産業であり、生業であるはずなのです。そして、いま、これまでの直線的な成長の経済を追求する方向ではなく、自然の循環にむしろ順応・適合するかたちでいかに農林漁業を地域々々で再構築していくかが、基本的な課題として横たわっています。
さらにわれわれは、このような第1次産業を基礎構造としてしっかりと持った地域社会こそが、循環型社会であると主張したいのです。自然の循環のなかに社会の営みを「合流」させていくことに人間の主体性を見いだす社会、これが循環型社会であるということもできるでしょう。農林漁業の再構築が、循環型社会をリードしていかなければなりません。そしてこのことは、「市民自治のゆたかな社会」のもとでこそ、実現されていくのです。
4. 循環型社会の物的土台は、太陽と水と土であり、みどりです。みどりは、太陽エネルギーを人間が使用しやすい形で受けとめてくれるダムであるともいえるでしょう(「みどりのダム」はこの意味で使ってもよさそうです)。さらに、みどりは人間社会にとっての素材やエネルギーの基礎的な資源であるとともに、それ自体が個々の人間にとってのアメニティ(安らぎと味わい)としても存在していることを看過してはなりません。
ただし、ここで重要視したいのは、みどり資源が消費・燃焼されてCO2が発生したとしても、それらは再び植物の生長によって受けとめられ、人間社会への低エントロピーの供給源となるという点です。一定量のCO2が大気中を循環しているだけと考えることが可能なのです。また、土(微生物)は、みどりの廃棄物を人間によるエネルギーの投入なしで分解し、循環のリンクをつないでくれています。地下からの天然資源の利用・消費とは、この点でわけが違うのです。CO2排出量の6%カットを実現するために、日本でも炭素税・環境税の創設が緊急課題となっていますが、みどり資源の消費・燃焼は、これら課税からフリーなはずです。そして、これら社会的システムの前進によって、みどり資源は、価格競争力を獲得することになるはずです。
5. 1999年に発表された兵庫県の「森のゼロエミッション基本構想」は、スウェーデンのナチュラル・ステップ運動の次の4原則を根底に据えたものとして構想されています。分子状態のCO2のゴミの排出をゼロに近づけようとするためには、このようにみどり(ここでは森)を中心においた循環型社会をデザインしなければ不可能なはずなのです。
①物質とエネルギーは、消滅することも新しく生成されることもない。②物質とエネルギーは、拡散する傾向にある。つまり、人間社会に持ち込まれた物質とエネルギーは、遅かれ早かれ自然界に露出していく。③物質の価値の特徴は、その濃度と構造である。私たちは、エネルギーと物質を消費しているのではなく、その濃度と構造を消費しているだけである。④地球上の物質濃度と構造の、熱力学エントロピーでいうところの秩序を保つためには、地球外部からのエネルギー、つまり太陽エネルギーが必要である。植物細胞が、地球に常に注がれている太陽エネルギーを直接利用して、地球上の物質の濃度と構造をネットで増加させている。
6. この兵庫県の構想は、地下資源由来の素材やエネルギーを再生可能な地域資源のもので代替えし、複合的に循環し織りなされる地域経済構造をまずもって中山間地域で樹立しようと目論んでいます。製品の全ライフサイクルを通しての排出炭素量やエネルギー投入量の評価(LCA)とこれら勘定のアカウンタビリティも射程に入っています。
今回の分科会では、「自然循環農法」を事業的規模(年商30億円)で実践している米沢郷牧場の現地見学を企画しています。この農業の核心部分には、生物活性水(BMW)による微生物処理システムがおかれていて、抗生物質や化学肥料・農薬を使用せず、糞尿をはじめとした各生産部門からの排出物が飼料や肥料となって再資源化されて循環しています。産直を基本とした農と食での循環型社会も追求されています。
また、生命の水の循環に着目し、「森は海の恋人」のキャッチフレーズで植林活動を展開している気仙沼漁協や地産地消の運動に取り組んでいる秋田県職労からの報告、白神山地のブナ林をめぐる原生的自然の保存に関する報告などが予定されています。
さらには、里山的自然(栽培的自然と半自然のワンセット景観)をも適切に配置したメリハリのある国土形成や、地域ごとの個性あふれる風土性と秩序性を確保するための空間計画(その制度)が、これからの循環と共生の時代には必要であるとわれわれは考えています。都市からの支援や交流の仕方も重要性を増してくるはずです。このような視点からの21世紀のグランド・デザインを食糧・農林漁業サイドからも積極的に描いていきたいものです。
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