創意・工夫をこらし、地方分権のまちづくりを具体化しよう
東洋大学教授 内田 雄造
はじめに
今回が20世紀最後の自治研集会です。この間、日本の社会構造、経済構造は急激に変わりつつあります。人口、GDP、地価、建設投資額、住宅建設戸数が右肩上りで続く状況は変わり、都市化社会から都市型社会への移行は一挙に進みました。
振り返ってみると、1950年代後半から2000年まで、都市や住宅に振り向けられた投資額は膨大な量になります。しかし阪神・淡路大震災の経験は、この間の都市や住宅への投資が、見かけの華やかさはともかく、都市生活の安全性の向上に必ずしもつながっていないという事実を明らかにしました。悔やまれてなりません。
一方で、政府の旧態依然たる公共投資中心主義の中で、国や自治体の借入金の合計はGDPをはるかに上まわり、21世紀には公共投資・建設投資は縮小を余儀なくされると思われます。
都市化社会から都市型社会への更なる移行にともない、都市計画の重点も都市開発から既成市街地の環境整備へ変わっていきましょう。1999年から2000年にかけて地方分権の流れの中で地方自治法、都市計画法が大幅に改正されました。これらの法改正を活かし、私たちはインフラストラクチャー整備を重視し、産業基盤整備に特化し、お上の計画であった従来の都市計画から、身近な住環境整備を重視し、基礎自治体が中心となり、市民の参加を保障するまちづくりへの転換を一段と推し進めていく必要があります。
まちづくりや住宅計画の分野でも、高齢者や障害者へのケアと連携し、単なるバリアフリーではなく、ソフトな施策と密接に結びついた福祉のまちづくりや環境共生、省エネ・省資源が重要なテーマとなっております。
ところで今日、不必要もしくは優先度の低い公共投資に対し、また「談合」に象徴される公共建設の不明朗な慣行に対し、社会的な批判が強まっております。そして市民は、公共投資、公共建設の現場で働く自治体の労働者に対し、現場から声をあげ、実態を明らかにすることを望んでおります。自治体労働者にとって、この領域に踏み込むことは非常に厳しいことではありますが、21世紀の自治労の活動にとって避けて通れないテーマであることを私は強調したいと思います。
1. 地方分権と都市計画
一連の地方分権推進委員会の勧告をうけて、1999年には地方分権一括法が制定され、2000年には都市計画法や建築基準法などの改正がなされました。
財源問題は実質的には手付かずの状況であること、重要な分野において、国と都道府県、都道府県と市区町村の間で「合意を前提とする協議」が義務づけられたことなど不十分な点は少なくありませんが、機関委任事務の廃止、包括的指揮権の廃止にともなう通達行政の縮小は大きな成果です。私は自治体と国、市区町村と都道府県とが争うことができる土俵が設定されたことを最大の成果と考えます。しかし、自治体当局が国の省庁と積極的に争うことが期待しうる状況ではないとすれば、自治体労働者や組合は地域住民と結んで地方分権を実体化していく努力が必要と思われます。
都市計画法の改正の評価については、西田論文に譲りますが、分権と規制緩和がセットとなっており、地方政治の中で、規制緩和に名を借りて線引きの廃止や開発許可の濫用といった事態も予想されます。条例をどこまで活用しうるかとも絡み、自治体の能力が問われています。
また、市町村の都市計画審議会が都市計画法によって位置づけられました。審議会の公開、市民の意見陳述の機会の保障、更に公募の委員枠の確保などが課題ですが、一方で長期的には審議会と地方議会の関係を見直す必要もあると思われます。
2. 市町村都市計画マスタープランの策定
地方分権のまちづくりを推進する有力な手がかりが市町村都市計画マスタープランの策定です。市町村都市計画マスタープランは今日続々と策定されています。従来の日本の都市計画制度では、都道府県知事の定める市街化区域・市街化調整区域の策定に関わる整備・開発・保全の方針(整開保と略称されています)が都市計画のマスタープランにあたるとされてきましたが、既存の計画を総花的に追認したものが多く、マスタープランとしての実体が乏しいものでした。市町村都市計画マスタープランは、制度的には市町村の定める都市計画のマスタープランとされ、整開保に即するという限界はありますが、市民の参加をえて都市計画マスタープランを自治体の都市計画の基軸に据えたいものです。
この市町村マスタープランに関しては、市民参加が推奨されていることと、地域別計画の策定が義務づけられたことが注目されます。土地利用計画、交通(施設)計画、景観計画といった従来の分野別計画に対しても、福祉のまちづくり、水と緑といった市民の観点からの提案や、地域住民による地域計画の提案、参加型まちづくりの採用などの動きも活発に展開されています。
技術的な問題としては、①行政と住民の間で合意ができていない計画案の扱い
― 私は未定の計画があってもよいと考えます、②住宅のマスタープラン、緑の基本計画といった他の分野、特にさまざまな行政内マスタープランとの関係の整序、③マスタープランのプログラム化、④マスタープランの改訂の手続き、などが課題となりましょう。
市町村マスタープランを議会の議決要件とすることも検討される必要があります。また市町村マスタープランの策定をふまえ、市民参加をより推進させる方向でまちづくり条例を策定したいものです。
そもそも私たち一市民にとって、住宅を入手すること、特に新築することは、人生の楽しみの最たるものと言えましょう。同様に自分たちが住み働くまちを共同してつくっていくことも、市民にとってもっとも楽しく晴れがましい行為と思います。一方的なお上の都市計画に対し異議を申し立てることも必要ですが、同時に私たちの身のまわりのまちづくりに参加する喜びを自ら創りだしていきたいと思います。
3. 防災のまちづくり
日本列島は大規模な地震が発生する危険期間に突入したのではないかとの説があります。さまざまなタイプの地震がありますが、いずれにせよ地球規模のプレート移動に基づく歪みのエネルギーの集積が地震の原因である以上、地震発生が時間によって規定されていることは事実です。
大規模な地震を前提に、予め都市復興マニュアル(復興の手続きとイメージの共有化)を整備していく必要があります。
それと共に、防災のまちづくりがいよいよ重要となっております。広範な市民の参加により、地域の防災上の問題点を共有し、防災のまちづくり計画(災害に強いまちづくり計画)を策定する必要があります。この際、道路や幹線の上下水道といった都市のインフラ施設、行政施設や病院といった市民施設は十分な耐震強度や耐火性能をもって計画される必要がありましょう。また、地域の防災評価にあたっては、問題点を含め情報をきちんと公開すること、市民が自ら評価可能な方式であること、小さな広場をつくる、建物を不燃化するといった個々の行為が評価に反映される方式であること、などが必要と考えます。
震災で大きな被害を受けたにもかかわらず、地域の住民が協力して素晴らしい復興を成し遂げた神戸市眞野地区の事例を見ても、平時のまちづくりの経験・蓄積が復興のまちづくりの質とスピードを大きく左右することが明らかです。災害の形態は多様であり、予め詳細な復興計画を定めておくことなど不可能である以上、平時のまちづくり、特に防災のまちづくりを重視する必要があります。
4. 地方都市の中心市街地の活性化にむけて
地方都市で中心市街地、特に商店街の衰退が目立ちます。シャッターが下ろされ、閉店・休業中の商店が急増しています。一方でロードサイドのショッピングセンターが次々に立地していますが、大店法の廃止後はいよいよこの傾向が強まっています。一方で大規模店どうしの競争もきびしくなっています。
中心市街地の衰退は、そこに立地する商店の商品の価格、品揃え、サービスといった面で競争力が低下していることのほか、車の利用による購買習慣の変化、車による中心市街地へのアクセスが不便なことなど、さまざまな要因が重なっています。更に、中心市街地から市役所などの公共施設が移動したこと、中心市街地の居住人口が減少しまた高齢化したことも無視できません。
私は、中心市街地の衰退は単に商店街の問題ではなく、都市の生活・文化中心の衰退であり、中心市街地居住の衰退であると重く受けとめています。
しかし、中心市街地の再活性化は大層難しい課題です。市町村の都市計画マスタープランにより、コンパクトシティをめざし土地利用の方針、特にロードサイドヘの大規模店の立地に関する自治体の対応をはっきり定める必要もありましょう。広域的な連携も必要です。その上で、中心市街地活性化法、都市計画法における特別用途地区、大規模小売店舗法などの活用が望まれます。
小都市の場合、従来の商業中心の色彩を弱め、中心市街地の中核的施設として高齢者のための福祉・医療施設を重視し、高齢者のまちなか居住とセットでまちづくりを考えることも有力な一案でしょう。
5. 都市の交通計画の新しい動き
道路整備を優先する都市計画、マイカー中心主義を見直す動きが強まっています。環境の観点からも車の中心市街地への集中は問題ですし、人口の高齢化にともない、トランスポーテーションプアー(交通貧困者)の存在が無視できなくなっています。また、都市の市街地の大気汚染を防ぐ立場から、ディーゼルエンジン車への規制強化(排ガス基準の強化や重課税を含む)も必要と思われます。
過去に都市計画決定された後、長い間事業化されていない都市計画道路については事業の優先度をチェックし、事業予定時期を明らかにする必要がありましょう。
大都市の場合、交通量の総量規制が不可欠です。
中心市街地とコミュニティを結ぶミニバスのネットワークの形成や、従来の市電を改良し高速化、多輌連結、低床化、地下鉄への乗り入れなどが可能なLRT(ライトレイルウェイトトランスポーテーション)化への試みなどが注目されます。
自転車の専用車線や駐輪場の整備も追及したいと思います。
6. 住みつづけられるまちづくりを求めて
バブル期に地上げされた虫食い状の土地は不良資産と化し、国や不動産資本は容積率を大幅に緩和することにより、土地の流動化を図っています。しかしこのような高密度な開発は都市環境を破壊するものといえます。
一方、地価増進を前提とし、更にはねらいとする土地区画整理事業や市街地再開発事業は実質的にストップといった状態です。公共投資を積極的に導入しない限り、今後もこの種の事業手法は成り立ち得ないと思われます。
私たちは、高齢者も借家人も住みつづけられるまちづくりを考えていく必要があります。まちづくりにあたり、応能応益家賃体系をとる公共住宅の供給を併せて行うこと、高齢者を対象として支援システムを備えたグループホームを計画することなども追求していきたいと思います。
7. 福祉のまちづくり
高齢社会の到来と共に、老後も安心して住めるバリアフリーのまちづくりが求められています。高齢者や障害者の住めるまちは、健常者にとっても住みよいまちであり、最近はユニバーサルデザインと称されています。
また、高齢者の居住を考える上で、食事サービス(通所施設での食事や在宅者への配食サービス)の提供、福祉施設との連携など自立支援が不可欠です。さまざまなデイケアーセンターの試みも注目されます。
高齢者や障害者が社会的な支援を得つつ緩やかな共同生活を営むグループホームや、生活信条を共にする人々が集まったコレクティブハウスの試みも注目されます。
保育所の整備、時間外保育の充実など、女性が安心して子育てできる環境を確保することも必要です。
8. 環境共生のまちづくり
都市の緑や水(公共水面)の重要さは言うまでもありません。更に、都市の中に自然環境を積極的に創り出すビオトープも試みられています。
今日では、環境と人間生活の共存をはかる意味で環境共生のまちづくり、サスティナブルデベロップメント(持続可能な開発)という概念も広く展開されており、積極的な展開が期待されます。
大都市においては、ヒートアイランド現象が目立っており、都市緑化や建物緑化(屋上緑化、壁面緑化)も必要とされています。
一方、地方都市においては、市民の農への生活希求もあり、きちんとした市民農園(クラインガーデンなど)の試みも増加していきましょう。
今後、省資源、省エネかつ環境に負荷を与えることの少ない建設事業手法の開発が必要とされています。同時に安易な建て替えをやめ、建設廃棄物を減量すると共に廃材のリユースを考えたいと思います。
9. 公営住宅法の改正をめぐって
1996年の公営住宅法の改正によって、第一種・第二種の区分が廃止され、一方で借り上げ公営住宅や買い上げ公営住宅など、多様な形態の公営住宅供給が可能となりました。同時に原則入居階層が従来の収入分位33%から25%に引き下げられると共に、応能応益家賃体系が導入されました。
私は応能応益家賃体系の導入に賛成ですが、公営住宅に入居しうる収入階層でありながら公営住宅の不足で民間借家に居住している世帯が多いことが気になります。公営住宅のストックが約200万戸、一方、公営住宅入居階層でありながら民間借家居住者(単身者を除く)は200万世帯を超えると推定されています。この階層に対し、応能応益家賃体系に準じた家賃補助の実施を検討すべきでしょう。私は将来的には家賃補助制度を一般化していく必要があると考えます。
今後、公営住宅居住者は、低所得かつ高齢の住民に特化していくと考えられます。都市の大規模な公営住宅団地の住民がますます低所得化、高齢化すること(都市公団の賃貸住宅でも同様の現象が目立ちます)は都市構成上大きな問題であり、積極的なソーシャルミックスが必要とされています。
10. 公共事業の見直し
今日、地域にお金を落とす役割を専ら期待されている公共事業や環境破壊が危惧される事業も少なくありません、かつ財政危機も相まって、公共事業の見直しは不可欠です。公共事業に係わる情報を積極的に公開し、対費用効果の算定を含め、その必要性を広範な市民を共に論じる必要があります。時のアセスも有効でしょう。
圃場整備、農道・林道、漁港の整備についても本当に必要なものかどうか再検討が不可欠です。
また、IT関連の環境整備という名目で光ファイバー回線などハードな分野の整備が政府によって提唱されておりますが、IT普及にともなうソフトな面の開発こそ重要であり、ITの環境整備に名を借りた従来の公共投資の延命を許してはいけないでしょう。
11. 第3セクターによる事業の見直し
バブル期の安易な見通しに基づいた開発事業が行き詰まり、事業の担い手である第3セクターに赤字が累積するケースが増えています。都市部では臨海部の開発事業、地方ではリゾート絡みの開発事業がその代表例です。一般会計から安易な利子補填などを許さず事業に係わる情報を公開させ、早急に根本的な対応策を考えることが必要です。また、信託事業の実態も開示させましょう。
12. 野宿者への対応をめぐって
大都市部を中心に野宿者が増加し、全国では2万人を超えていると推定されています。建設不況にともない、高齢の日雇の建設労働者が野宿するケースが増えていますが、一般企業のサラリーマンが失業し、野宿者になるケースも少なくありません。
野宿者は、公園、広場、道路、河川敷などの公共施設で生活するケースが多く、施設の目的外使用とも絡み自治体の建設部局の労働者が先ずはその対応をせまられることになります。しかし、野宿者に当該施設から退去をせまっても問題の解決につながらないことは明らかです。居住施設の整備、軽作業の創出、生活保護措置の適切な運用などが必要であり、労働組合として自治体や国に対し必要な対応を要求すると共に、現場レベルでは当事者との話し合いやNPOとの連携が欠かせないと思われます。 |