1. はじめに
今、世界は、グローバルな時代を迎え、自由放任的な世界規模の市場経済が活発化し、国際金融資本の動向が世界を大きく左右させています。国境を越えた資本や労働の大移動がはじまり、全世界規模の経済格差、失業率の増大それに伴う女性や子どもの人身売買などの人権問題や環境の大破壊、独自文化の消滅といった深刻な問題が発生しています。
また、民族や宗教からくる排外主義による摩擦や紛争、国家の名のもとの自国民に対する人権の抑圧、その結果としての難民の発生など、人権擁護の面からも「人権教育を戦略」として捉え、人権の確立を推進していく必要性が言われています。
国際連合(国連)は、その重要な活動として、1948年の「世界人権宣言」を基調にして、「人種差別撤廃条約」「国際人権規約」「女性差別撤廃条約」「子どもの権利条約」などの人権関連諸条約を次々と採択するとともに、「国際人権年」「国際婦人年」「国際児童年」「国際先住民族年」などを提唱してきました。
「人権教育のための国連10年」はこのような取り組みを背景として、「世界人権宣言」の普及と人権を大切にする社会、人権文化を世界のすみずみまで広めることを目標に1994年12月の第49回国連総会で決議されました。
この決議には、
① 1995年1月から2004年12月を「人権教育のための国連10年」とする。
② すべての国と地方で具体的な人権教育をすすめること。
③ 「人権教育のための国連10年」の推進にあたっては、特に女性、子ども、先住民族、マイノリティ、障害者など被差別の立場におかれている人びとへの配慮をすることが提起されています。
この「人権教育のための国連10年」国連行動計画には、①あらゆる被差別者、被抑圧者、社会的弱者に対する人権教育活動、②人権の実現に影響力をもつ特定の職業にたつ人々に対する研修活動、③マジョリティ(多数派)といわれる一般市民に対する学習が提案されています。
これを受けて、日本政府は、1997年7月に「国内行動計画」を策定しました。この「国内行動計画」では、「あらゆる場を通じた人権教育の推進」と国内での「重要課題への対応」が具体的に方針化されています。また、地方公共団体、民間団体での自主的な取り組みの役割と期待が示されています。
今年は、「人権教育のための国連10年」(1995~2004年)の後期5年がスタートをしています。
国連の「人権教育のための国連10年」行動計画では、99の具体的な行動を示していますが、「2000年に、地球規模の中間評価を実施」(№93)、『この評価報告で「10年」の残りの5年間に取り組むべき行動に関する提案を行う。』(№94)、「詳細な評価を実施し、人権高等弁務官に報告する。」(№95)ことがいわれています。
現在、日本では、国内行動計画をはじめ全国の都道府県で推進本部設置や行動計画が策定されています。(2000年4月現在、策定22)また、地方自治体の市町村でもぞくぞく行動計画が策定されつつあります。
兵庫県では、昨年7月副知事を会長として「兵庫県人権施策推進会議」が設置され、それにもとづく「兵庫県人権教育・啓発推進懇話会」が9月に設けられ、「人権教育及び啓発に関する総合推進指針(仮称)」の策定をめざしています。
一方、国の「人権擁護推進審議会」は、去年7月29日に、「教育・啓発」に関する答申を出しました。ここには、全国各地からの1万8,000通以上のパブリックコメントが寄せられ、ほとんどが「法的措置の必要性」を求めたにも拘わらず「行財政処置」しか盛り込まれませんでした。現在、「人権教育・啓発に関する法律」を実現するため国会へのたたかいが押し進められています。
この悪評高い、「教育・啓発」に関する答申ですが、「人権教育のための国連10年」に関しては、無視をすることができず「国内行動計画では、その実施に当たって本審議会における検討結果を反映させること」と明記されているのが現状です。
尼崎市においては、昨年5月21日、市長を本部長とする「尼崎市人権教育・啓発推進本部」が発足。「尼崎市人権教育・啓発推進基本計画」の策定に向けて動き出しました。昨年5月31日より、骨格素案の段階から「幅広く専門的見地から意見を求めるため」「人権問題について知識経験を有する者のうち」から委員を選び、「尼崎市人権教育・啓発推進懇話会」が開かれています。
2. 「人権教育のための国連10年」行動計画の持つ意味
人権教育は従来、差別や人権の問題について教えることだと言われてきました。国連の「行動計画」によれば、人権教育を「教育、研修、宣伝、情報提供を通じて知識や技能(スキル)を伝え、態度を育むことにより人権文化を世界中に築く取り組み」としています。
「知識」とは、世の中の差別や抑圧の仕組みについて、あるいは自然、世界、社会、異文化、そしてさまざまな他者と私たちの関係について理解を深めることです。
「技能(スキル)」とは、情報を多面的に分析したり、自分の考えを理論的に表現したり出来る知的なスキル。異なった考え方や価値観の人とも、プラスの関係を作ることが出来る社会的なスキルがあります。人権を実現するための行動力に関わるものです。
「態度」とは、ありのままの自分を肯定的に受容する。開かれた心を持ち、変化にも前向きである。他者との間に対等で協力的な関係を築こうとする。社会的な不正義や不公平を許さず、関係解決に積極的に貢献しようとするなど、人権を実現しようとする生き方や姿勢に関わるものです。
人権教育のめざすものとして次の5点を上げています。
① 人権と基本的自由の尊重の強化。
② 人格および人格の尊重に対する感覚の十分な発達。
③ すべての国家、先住民、および人種的、民族的、種族的、宗教的、および言語的集団の理解、寛容、男女間の社会的平等ならびに友好の促進。
④ すべての人が自由な社会に効果的に参加できるようにすること。
⑤ 平和を維持するための国連の活動の促進をあげています。
また、「人権教育のための国連10年」の目的として5点をあげています。
① 学校教育、社会教育、職員研修、およびその他のあらゆる学習の場において、人権教育の効果的な戦略を立てること。
② 国際社会、地域、国、地方の各レベルで人権教育のための計画を作成し、その推進能力を強化すること。
③ 人権教育のための教材を共同で開発すること。
④ 人権教育の推進に果たすマスメディアの役割と能力を強化すること。
⑤ さまざまなレベルの読み書き能力や障害を持つ人々のために、出来る限り多くの言語および言語以外の形で、「世界人権宣言」を世界中に広めること。
また、人権教育には4つの側面があります。
① 「人権のための教育」
人権を守り育てていく主体である私たち一人ひとりが、ゆたかな自己実現をしていくことが、人権が尊重される社会づくりにつながっていくという考え方です。あらゆる教育は人権文化のために行われる、というものです。
② 「人権としての教育」
教育を受けること自体が人権であるという考え方です。教育を受ける平等な機会を保障し、さまざまな理由で教育機会をうばわれてきた人たちに対する識字教育や、社会的に弱い立場にいる人たちのために学びやすい環境をすることなども、含まれます。
③ 「人権を通じての教育」
人権が守られた状態で学習が展開されなければならないという考え方です。例えば、いじめや体罰などが黙認されたままで人権について教えても、それは人権教育とはいえません。
④ 「人権についての教育」
人権について教えることをさす、狭い意味での人権教育です。しかし、人権に関わるテーマは特定の差別や人権問題に限定せず、はばひろくとらえることがもとめられます。
これらを通じて、人が自分自身の存在価値を自覚し、みずからの内なる力を引き出して、社会にいきいきと参加していけるようになる(エンパワーメントする)ことです。
3. 「人権教育のための国連10年」尼崎推進連絡会の活動
尼崎市職員労働組合は連合尼崎の一員として準備の段階から参加し、昨年6月26日に「人権教育のための国連10年」尼崎推進連絡会(「人権教育あまがさき」)が結成されました。
代表委員として部落解放同盟尼崎市連絡協議会、在日コリアン人権協会・兵庫、障害者問題を考える尼崎連絡会議、連合兵庫阪神地協尼崎地区連絡会、女と市政をつなぐ尼崎みずグループの5団体の代表がなっています。
結成以来の「人権教育あまがさき」活動は次の通りです。
① 提言書の提出
「尼崎市人権教育・啓発推進本部」と「尼崎市人権教育・啓発推進懇話会」に対し、去年9月7日に第1次提言書、今年5月22日に第2次提言書を提出しました。
第1次提言書は国内行動計画を基調に、「あらゆる場における人権教育」「特定の職業に従事する者に対する人権教育」「個別の差別課題への対応」 を提言し、さらには、尼崎市に対して具体的な施策内容を提示しています。
第2次提言書は国連行動計画を基調に、あらためて「人権教育のための国連10年」の本来の意義を確認し、その中から具体的な施策を提起し、さらには、「被差別の当事者からの最重要課題の追加」をしています。
なお、第2次提言書の提出時に記者会見を行い、翌日の各紙の地方版に私たちの動きが報道されました。
② 運営委員会の定例化
毎月1回、参加団体の代表が集まり、尼崎市や「人権教育・啓発推進懇話会」の動向、他の人権団体の情報交換、提言書の検討、ニュースの内容、内部学習、JR尼崎駅等差別落書き事件の対応報告など様々な課題について検討をしています。
③ ニュースの発行
2ヵ月に1回を目標に「じんけんあまニュース」が発行しています。毎回、その時の話題や出来事を伝え、参加団体の活動内容をシリーズ「こんなことやってます」のコーナーで報告しています。
④ 「尼崎市人権教育・啓発推進懇話会」の傍聴
「人権教育あまがさき」が要求した「懇話会」の傍聴が人数に制限がありますが認められ、去年9月7日の第2回「懇話会」から出来る限り傍聴をし、市の動きを市民の目から見つめています。
⑤ 資料や情報の提供
他自治体の「人権教育のための国連10年」の行動計画書や個別課題(精神障害者、野宿生活者、在日外国人、沖縄、女性など)の問題について最新の情報を提供しています。
⑥ 「JR尼崎駅等連続差別落書き事件」の報告
あらゆる被差別の人たちに対し、連続して差別落書きを書いている実行者について報告し、当事者としての行動提起をしています。
⑦ 学習会
呼びかけ発起人会の段階で部落解放・人権研究所所長の友永健三さん、準備委員会では、大阪大学の平澤安政さんを、結成大会では、尼崎の当事者団体のシンポジウムを、第2回総会では、(財)世界人権問題研究センター米田眞澄さんを講師に講演会をしました。また、実行委員会では在日コリアン、障害者、沖縄、女性の当事者から「現状と課題」を学習し、内部学習会では、桃山学院大学の寺木伸明さんから「部落史の見直しを考える」のテーマで実施しました。
⑧ 団体への加入の呼びかけ
「人権教育あまがさき」への参加呼びかけをした結果、現在では23団体6個人の加入になっています。今後は労働者や市民の団体からの加入が課題となっています。
⑨ 他団体との交流会
「人権教育のための国連10年」兵庫県推進連絡会(「人権教育ひょうご」)や、「人権教育のための国連10年」西宮市推進連絡会(「人権教育にしのみや」)とそれぞれ交流会をもち、お互いの活動を報告し合いました。
このように、「人権教育あまがさき」は尼崎市における被差別部落、在日外国人、障害者、女性、子ども、沖縄、高齢者などの当事者を網羅し、労働者、市民組織と共に歩み続けています。
4. 尼崎市に人権文化を
「人権教育あまがさき」は第1次、第2次提言書で以下の諸要求を尼崎市と懇話会に対して行ってきました。
① 「人権教育のための国連10年」の名称、内容を取り入れるべきである。
理由として
● 「人権教育のための国連10年」の世界的広がりが消えてしまうこと。
● 「人権教育のための国連10年」の目指す目的があいまいになること。
● 10年目の2004年は、人権教育の節目にすぎないこと。
● 国連の行動計画と行政用語としての「行動計画」とは違うこと。
● 「人権教育のための国連10年」を啓発にうすめてはならないこと。
② 「懇話会」答申の中間まとめの段階で関係団体、市民からの意見聴取の場をつくること。
③ 尼崎市としての特色のある「人権教育のための国連10年」をつくること。
● 尼崎市において、ポジティブ・アクションまたは、アファーマティブ・アクションという積極的差別是正措置をすべてのマイノリティに対して取り組むこと。
④ 当事者の要求把握のため実態調査・人権白書をつくること。
⑤ 人権センターをつくること。
● 情報、研修センターであり行政と民間・市民との連携調整の場として
● 人権教育教材、リーダー養成などの活動拠点
⑥ 人権の実現に影響力を持つ特別な立場にある人々。
― 議員、宗教家、医療従事者等の研修、教材カリキュラムをつくること
⑦ 人権教育基本方針をつくること(基本部分として)。
● 個別分野ごとに基本方針をつくること
(同和教育基本方針、障害者教育基本方針、在日外国人教育基本方針、男女共生教育基本方針、子どもの権利教育基本方針など)
⑧ 尼崎市人権まちづくり条例をつくること。
● 人権教育の総合的施策を実行していくために「尼崎市人権まちづくり条例」制定を求めていく。
これまで、被差別の立場にあった部落出身者、在日コリアン、障害者、女性、子どもなどは、個別に尼崎市に対して対応をしてきました。また、尼崎市もそれぞれの行動計画や基本計画などのプランをたてて、対応してきました。このように「人権教育のための国連10年」の取り組みを機会にそれぞれの問題を大きな人権の視点で集約しています。
5. おわりに
これまでの、尼崎市の動きは、市民啓発としての「人権啓発基本方針」策定の動きから発展してきたために、「人権教育・啓発推進基本計画」という名称にこだわり、「人権教育のための国連10年」で示された意義や定義を矮小化してしまうおそれがあります。これまでの個別のプランをつなぎ合わせるだけのものであったり、人権週間、人権講座、人権研修、人権学習の時間といった特別な行事や時間を設定するだけに終わるということも考えられます。先にみたように人権に関わる知識や技能、態度をトータルに育てるためには、世の中の動きと私たちの生き方を関係づけたり、職場・学校・地域・家庭などにおける日常生活のあり方と結びつけることにより、人権教育を生涯にわたる学習として展開する必要があります。そのためには、広く地域に人権センターの建設や人権擁護の第3機関としての人権委員会の設置が求められます。
そして何よりも「人権教育のための国連10年」という名称を尼崎市の計画につける必要性があります。「国連10年」という名は、尼崎市だけにとどまらず全世界に開かれた、人権教育の理論的体系や「共通語」の創造、実践のネットワーク化につながっています。私たちの身近な人権問題について学ぶことは、国内外の他の人権問題や、グローバルな諸問題へと広がっていくということを示すことでもあります。
「人権教育のための国連10年」は「人権という普遍的文化」を構築するものです。市民への啓発は行動計画のほんの一部にすぎません。「人権文化」のある社会とは、市民一人ひとりが「自己実現」に向かい、自分らしさが発揮できる社会です。そのために人々のエンパワーメントをひきだす教育が必要になってきます。自主的、自発的に立ち上がるには受動的な感じのする「啓発」といった取り組みではなくはっきりと「教育」として位置づけ、「人権教育の4つの側面」からのトータルな視点が必要です。
地球規模の中間年の年にあたる今日、全世界規模での中間評価が行われ、後期5ヵ年にむけて取り組みが開始されている時にこそ、尼崎市として実行力のある行動計画(アクションプラン)を策定すべきであります。
さらに、施策を推進するため学識経験者、関係機関、民間団体、当事者等からなる計画の推進体制(プロジェクトチーム等)を設置する事もあわせて提言しています。
わたしたちは、ただ単に行政施策に乗っかるのではなく、あくまでも市民一人ひとりが行動をおこしていける行動計画をつくっていくことを目指しています。
また、自分たち相互の学習を通じて、生活の中から人権文化を築きあげ、全国各地、全世界にむかってネットワークをひろげていきたいと思います。
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