すべての差別をなくするために
~人権啓発の取り組み~

鳥取県本部/智頭町職員労働組合 

 

1. はじめに

 1965年の同和対策審議会答申を受けて、同和対策事業特別措置法が1969年に制定されて以来、同和対策事業を智頭町の重要施策として位置づけ、さまざまな事業が行われハード面は一定の改善がされました。しかし、ソフト面では、まだまだ多くの課題が残されています。
 智頭町は1989年「人権尊重の町」を宣言し、1993年全国に先がけて『基本的人権の擁護に関する条例』を公布しました。部落差別は行政の責任であり、部落解放に向けての取り組みは責務であると同時に、国民の課題であると自覚し、行政職員として、また地域に帰れば住民の立場での取り組みをしています。
 そしてわたしたち智頭町職員労働組合は運動方針の中の一つとして「平和・人権・環境を守るたたかいをすすめよう」をテーマに掲げ、人権意識の高揚と差別解消に向けて結成当時から取り組んできました。しかし、近年町内において部落差別落書きや差別発言などの差別事象が続きました。そこで全ての差別解消をめざし、住民とともに取り組める活動を模索してきました。
 そして地域住民と手を携えて新しい会を作るための歩みを始め、民間団体として組織した【Peaceサミット21】の発足に携わり取り組んできた経過を報告します。

2. 組合の果たす役割と目標

 私たちは人権の取り組みをする上で組合の果たす役割を確認し、次に目標をあげました。

(1) 組合の果たす役割
 ① 人権を守る視点で社会的に不利な条件、不合理な立場におかれている人々とともに歩む。
 ② 職務から離れた立場での取り組みは住民から身近な存在として受け入れられ、行政に一番近い立場として、提言する。
 ③ 一人では弱い力が組織としてまとまれば強固に役割を果たすように、組合員一人ひとりの差別解消への思いを連呼しながら啓発する。

(2) 取り組みの目標
 ① 組合員のみでなく、全ての人が差別解消に向けて、豊かな感性と高い人権意識を養うための研修をする。
 ② 地域に根ざし、ともに歩みながら、差別解消への取り組みをする。

3. 取り組みの経過
 智頭町職員労働組合は1988年11月に設立、12月には自治労に加盟し、その後職員の権利・労働条件・賃金の改善等さまざまな取り組みを行い、一定の成果をあげました。
 そして結成10周年を迎え、今後の方針・方向を考え、行財政分析、福祉対策、町施策への提言等に取り組むとともに運動方針の中にもかかげている人権問題への取り組みの中で、全国規模の大会、部落解放研究全国集会、部落解放人権西日本夏期講座、人権啓発集会、同和教育研究大会等にも組合員を派遣して、意識の高揚を図ってきました。

(1) 結成10周年記念事業では関西芸術座の『薫ing』上演
  岡田なおこさん原作の『薫ing』は肢体不自由の障害をもつ高校生“薫”のごく日常的な生活を描いたものです。
  「ただ違う世界が見たかった」ので養護学校から普通高校へ。しかし、彼女は身体上の、障害以外にもさまざまな壁を克服しなければなりませんでした。仲間を捨てたと非難する養護学校時代の友人、普通高校での勉強、クラスの中での孤独感、社会の差別意識、そして自らへの嫌悪感等…。それらと苦闘しながら薫は次第に成長していく。
  このような内容でした。
  観劇への呼びかけは多くの人々に人権問題に関心をもってもらうため、組合員だけでなく広く町民へも声をかけ啓発活動の一つとしてアピールしていきました。
  公演は成功に終わり、300名余りが参加しました。その収益金は、町内の福祉作業所に全額寄付をして障害をもつ方々へのささやかな応援の気持ちとしました。

(2) 人権コンサートの実行委員会結成の母体組織として(1999年4月)
  地域を巻き込んだ啓発活動の一環として、町役場同和対策課と協力しながら、人権コンサートの実行委員会の組織化を図り、住民にも参加を呼びかけて、人権問題に関心のある個人や団体とともに、実行委員会を結成しました。


《人権コンサート実行委員会の趣旨》

 智頭町では、町民の方々の総意により6月18日を「人権の日」に制定しました。
 みんなが、それぞれの団体や個人であらゆる差別をなくする運動に取り組んでいますが、ひとつの目的に向かって、差別解消へ取り組む意識を共有し、人権啓発の賛同者を一人でも多く集めることをめざします。

(3) 人権コンサート開催(1999年6月)
  部落差別をはじめ、あらゆる差別を音楽にのせて問題提起する「願児我楽夢[がんじがらめ]」による“子どもたちの明日[みらい]を拓くために”と題した人権コンサートを開催しました。


出演バンド「願児我楽夢[がんじがらめ]」の紹介

 平均年齢46歳の差別を問うおじさんバンド。
 あるイベントに1回きりのつもりで結成したが、保育所・学校・PTA・解放子ども会・青年部集会等、3年半で300回のコンサートをこなしてきた。
 彼らの音楽テーマは、部落差別、島差別、「障害」者差別等あらゆる差別に対する問題提起にある。

 「願児我楽夢[がんじがらめ]」の歌はどちらかといえば、曲よりも歌詞で訴えます。
 休憩なしで2時間を超えるステージでは、手話を交えた曲紹介が、歌と同じくらい長いのですが、テンポがよく、聞く人を飽きさせません。
 すべての歌詞に理由があり、その理由があるために、一曲一曲が心に響いてきました。
○差別を恐れ韓国人であることをかくし、日本人として生きようとした青年の葛藤
○部落差別ゆえに一番仲のよい友だちの誕生会によばれなかった孫を想うおばあちゃん
○障害を持ちながら作業所でガンバルみんなへの応援歌
などなど曲紹介で語られる想いは、どれも曲と同じくらいの重さがあります。
 「子たちの明日[みらい]を拓くために」わたしたちが今一度考えてみよう、そんな歌が聞こえました。「願児我楽夢[がんじがらめ]」の歌の中から一曲を紹介します。


招かれなかった お誕生会

作詞:江口いと 補作:山中 貢 作曲:山中 貢

 孫は、小学4年生 かわいい顔した女の子 仲良しA子ちゃんの誕生会
 小さな胸に あれこれと 選んで買ったプレゼント
 「早く来てね」と友の呼ぶ 電話の声を 待ちました

 夕日が山に 沈んでも 電話の声はありません 孫は ぽつりと言いました
 きっと近所のお友だち おおぜい遊びに行ったので
 お茶碗足りずに A子ちゃんは 困って呼んで くれないかも
 2、3日たった校庭で A子ちゃん家での誕生会 楽しかったと友だちに
 聞かされ孫は A子ちやんに どうして呼んでくれないの
 私はとっても待ったのよ 私 とても待ったのよ

 A子ちゃんとても 悲しい顔して 私は 誰よりも さおりちやんを
 呼びたく 呼びたく 思ったの けれども 私の母さんは
 呼んではならぬと言ったのよ それで 呼べずにごめんねと
 あやまる友のその顔を 見つめた孫の心には どんな思いが あったでしょう

 私は 孫に言いました お誕生会に 招かれず さみしかっただろうねと
 孫は あのね おばあちゃん A子ちゃん とても優しいの 私の大事なお友だち
 A子ちゃん 悪くはないのよ お母さんが 悪いのよ 大人ってみんな わがままよ

 さみしく言った 孫の目に 光る涙がありました
 どんな鋭い刃物より 私の胸を 刺しました

 大人の差別意識や言動が、純粋な子どもの心を傷つけ悲しませています。
 私たち大人の人権意識を問い直すことが大切であると痛切に感じます。

(4) 【Peaceサミット21】の発足(1999年9月)
  人権コンサート実行委員会は解散せず、新たに人権問題を考える会【Peaceサミット21】を発足し、人権コンサート実行委員会と同様に智頭町職労は発足の母体として携わりました。【Peaceサミット21】とは『21世紀に向かって広く人権・平和を考える』という意味をこめた命名です。


【Peaceサミット21】の目的

1 年1回以上の啓発活動を行う。
2 組織独自の研修活動を行い、自己学習及び会員相互の研修の場とする。
3 他団体の啓発活動に参加し、会員相互の人権意識の高揚を図るとともに一人でも多くの賛同者を増やす。
4 民間団体としての考えで組織運営する。

(5) 次年度の活動方針決定
  【Peaceサミット21】の会員相互の意見交換、活動方針を検討する中で次年度のメイン啓発活動は女性講談師 宝井琴桜氏による人権講演会に決定 *テーマ女性問題

(6) 人権講演会開催(2000年6月)
  演題  「女の土俵、男の土俵」  女性講談師 宝井 琴桜[きんおう]氏
  キリッと髪を束ね袴姿で登場。とても歯切れの良い声と、パパーンパンと張り扇をたたく音は、会場の人々の心を強くとらえました。
  地域にも、社会にも、まだまだ女は来るなという場面は多く見られますが、これからの時代は、女性が我慢する時代ではないのです。
  家事労働や育児や介護も女性だけの土俵にせず、積極的に「一緒にやりましょう」と声をかけ、男性にも家庭参画をしてもらうことで、男の土俵にもなっていくのです。
  知恵を出しあって女と男の土俵を同じにしていくことが大切と語られていました。


女性講談師 宝井 琴桜[きんおう]氏のプロフィール

1968年 入門
1975年 女性初の真打に昇進

  現在古典の他各地の伝説や歴史上の女性を創作講談として自作自演
  また働く女性を取り上げて、男女雇用機会均等法・育児休業制度等をテーマにからませて、全国各地へと講釈の場を広げている。

★参加者の感想より

  講演会の開催で満足することなく今後の啓発に生かしていくため、参加者の生の声を大切にしていきたいとおもいます。

(7) 組合単独活動の一つとしてセクシュアル・ハラスメント防止委員会設置(2000年6月)
  智頭町職労は1998年より「男女雇用機会均等法の改正を踏まえ、セクシュアル・ハラスメントの防止策を積極的に進めること」という要求をしてきました。そして「智頭町セクシュアル・ハラスメント防止要綱」が制定されました。7名の防止委員のうち、組合推薦として2名、職員代表2名(組合員)をあて、管理職3名とともに構成し、人権の視点で安全で快適な職場づくりに取り組んでいきます。

4. おわりに

 【Peaceサミット21】の取り組みは、行政からの押付けや上部団体からの指示ではなく、組合員自らが人権問題を考えていこう、そして地域とともに歩んでいこうという姿勢のもと、民間団体として発足当初から携わってきました。そうした運動が個人から団体へと広がり、住民とともに啓発活動が行えたことは成果ですが、組合員一人ひとりにまで浸透した活動になっていない…という課題を残しています。
 智頭町職労では今後も、点から線、線から面へと取り組みを広げ、地域に根ざした人権啓発活動を更に進めていきたいと思います。そして個を高めることで組織を高め、組織を高めることが個を高めることにつながるよう、これからも団体の母体となりながら、人権意識の高揚に努め、研鑚していきたいと思います。そして安心して暮らせる町、人権が守られた住み続けたい町をめざし、取り組みを続けていきたいと思います。