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はじめに 平成9年6月、日本オリンピック評議会(JOC)からアジア冬季競技大会の開催要請を受けた青森県は、同年8月に臨時県議会を招集し、運営費8億円の経費見込み予算額を提案して大会招致の決定を行いました。そして、同年12月のアジアオリンピック評議会(OCA)総会で「2003年第5回青森アジア冬季競技大会」が正式承認になり、開催都市契約を締結しました。 その後、平成11年5月までに県の大会経費の積算では、当初の経費見積りの7倍にあたる約56億円に膨張していたことが明らかになり、県財政の危機が叫ばれているなかにあって、このような県民不在の大会招致と経費膨張問題が大きく新聞紙上等で騒がれることになりました。 自治労青森県本部・自治センターでは、冬季アジア大会招致決定と開催都市契約締結にいたるまでの民主的な手続きの欠落と経費膨張が県財政運営とりわけ教育費や社会保障費に与える影響が大であることから、前者の問題については市民運動として活動を展開し、後者の課題については、自治センターの独自課題として研究調査を行うことにしました。 1. 青森アジア冬季競技大会を考える会の設立と活動 自治労青森県本部と社団法人青森県地方自治センターは、7倍に膨れ上がったアジア大会運営経費問題を自治労運動とりわけ自治研活動の一環としてとらえ、住民運動としてこの問題をひろく県民に働きかけていくこととしました。 そして、平成11年11月17日にマスコミで56億円に膨張した「2003年第5回青森冬季競技大会経費膨張問題」が取り上げられ、県民の多くがこの問題に関心をもち注視することになりました。 時あたかも、新潟県警問題など、警察内部構造のゆがみがマスコミ等で論議されている最中でもあり、県民の間では「経費膨張問題」が突然にもち上がるまでの経緯の事実関係と合わせ、不可解な悪しき話題として広がっていきました。 とてつもなく膨らんだ「経費膨張の経過を知りたい」という県民世論が巻き起こり、この間のアジア大会組織委員会と知事を始めとする県側の経費積算をめぐるやりとりや、新たに設置された県議会のアジア大会特別委員会における論議も行われました。 しかし、県議会やアジア問題特別委員会での議論も県側や県政与党となった自民党県連の意向で、県民がもっとも知りたいと願っている経費膨張問題の真相究明よりも、組織委員会の人事問題や新たなアジア大会運営経費の積算提示要請にすりかえられ、「とにかく大会開催を」に進んでいく気配でした。 こうした県民世論や常識からはとうてい考えられない行政側の一連の対応や、県議会の動向に対し、自治労県本部と地方自治センターは、経費膨張の経過の究明と56億円の経費積算について県民が納得できる説明を求めるために、新たな住民運動を組織することを確認し、その事務局を担うこととしました。 こうして、「青森アジア冬季競技大会を考える会」(代表 吉川ちさ)が平成12年3月10日に発足しました。 「考える会」では、平成12年3月10日以降、県知事(3月16日)や県議会議長(4月17日)に対する申し入れ、県民アンケートの実施(3月25日~4月5日) ― 3月25日は街頭でのアンケート調査 ― 、県議会議員全員に対するアンケート調査、などを取り組み、その集計結果の分析とコメントを「考える会」として公表してきました。 このうち、県知事に対する申し入れ書に対しては、県知事より別紙(資料1)のとおり回答書が5月1日付けでなされ、県議会議長からは別紙(資料2)のとおり回答されました。 知事の回答書では、当初経費の8億円が平成10年11月時点ですでに、おおむね30億円に膨らむという報告を当時の組織委員会事務総長から知事が受けていたという経緯を否定し、あくまで「担当者レベルの参考資料として雑で幼稚な方法で試算されたもの」として、平成11年の10月までに改めて大会経費を概算積算したところ56億円という数字になったと説明しています。 新聞報道や公開された内部資料によれば、知事はじめ県当局は平成10年11月時点で30億円程度の経費膨張があり得ることを知りうる立場にあったことがうかがわれ、平成10年12月の開催都市契約書締結の際にも、十分に経費膨張の報告がなされていたと想定されています。 そして、県はこうした経緯を受けて、8億円から一挙に7倍の56億円に及ぶ経費膨張を議会に報告したその責任は、すべて組織委員会の会長である知事ではなく事務総長にあり、そのため組織委員会の人事交代をして新たな経費積算をやり直し、経費節減に努めるとともにJOCの協力を得て、何がなんでも大会を成功させるとしています。しかし、9月14日に提示された新積算額は約39億円で、当初の8億円の約5倍にあたる、県が「雑で幼稚」な試算とした平成10年11月の30億円をも大幅に上回っています。 「考える会」が平成12年3月25日から4月5日にかけて実施した県民アンケート調査(別紙・資料3)に、786人の県民から回答が寄せられました。 アンケートの集計結果(別紙・資料4)によれば、「アジア大会経費膨張に納得がいかない」が85.1%、「アジア大会をやめて返上すべき」とするのが77.7%、「県と大会組織委員会のトップである知事は責任をとるべき」とする人は75.8%、そして「アジア大会の開催の是非を改めて県民に問うべき」とするのは83%にも達しています。 また、アンケートに寄せられた県民の意見としては、青森県と県民が抱えている課題である県財政の立て直し、雇用対策、介護・福祉問題などを優先すべきであるとし、この間の経緯のなかで、知事や県議会の県民を軽視する姿勢を問う意見が多くみられました。 さらに、4月18日から26日にかけて県議会議員51人全員に対して実施したアンケート調査の結果(別紙・資料5)によれば、回答者は7人であり(うち無回答者1名)、「アジア大会経費膨張に納得がいかない」議員は6人、「アジア大会をやめて返上すべき」とするのが4人、「アジア大会の開催の是非を改めて県民に問うべき」とするのが5人、「改めて問う必要がない」が1名、「議会での行政に対するチェック機能に甘さがあり、県民の信頼を損なった」とするのが6人という結果でありました。 県知事や県議会議長への申し入れやアンケート調査の集約結果について、自治労県本部・自治センターと「考える会」は、以下の3点について総括しました。 ① 行政に携わる側の「社会・生活感覚のズレ」を、この問題をとおして多くの県民が感じとり、県の各種事業に関心をはらうことの重要性を県民が認識できた。 ② 納税者・有権者として、県財政を含め地方自治体の財政のあり方を考える県民意識の広がりができた。 ③ 「考える会」をはじめ県民が私たちのくらしの重要な問題として「アジア大会問題」を考え、県当局に対して説明を求めてきたにもかかわらず、何ら解明されないままにある。 その後、県は平成12年9月14日になって、総額約39億円の大会運営経費に係る新たな積算額を計上し、県議会へ報告しました。 自治労県本部・自治センターは「考える会」と共催で、県が提示したこの積算額をもとに、平成12年10月4日に「アジア大会と青森県の暮らしを考える県民フォーラム」を開催し、県民の暮らしに直結する重要な問題として「アジア大会問題」を考え、県当局に対し情報開示と説明責任を求めていくことにしています。 2. 2003年青森アジア冬季競技大会の問題点 2003年青森アジア冬季競技大会のこれまでの問題点とこれからの課題を整理すると以下のようになります。 (1) 当初の8億円の経費見込みが平成11年11月に56億円に膨張した理由とその責任の所在について ① 開催都市契約書を県民不在で締結した問題 ② 知事と県が説明責任と県民参加を放棄した問題 ③ 平成12年7月のアジアラグビー大会は1億3,000万円の経費で開催している ④ 知事・県当局が途中の経費膨張見込みの報告を否定している問題 ⑤ 県が情報非公開をしている問題(内部文書の非開示) (2) 知事と県議会の責任問題 ① 8億円で開催を認めた県議会の責任 ② 56億円積算の責任は組織委員会事務総長ではなく、会長である知事の責任 ③ 事務総長の交代と積算のやり直しは責任のすり替え ④ この間の県政不信、停滞、経費増の責任は誰に (3) これからの課題 ① 8億円以上は56億円も39億円も「県民不在」では同様の問題(8億円でできない理由は何か) ② 新しい39億円の積算の根拠を検証する(56億円積算との比較において) ③ 新しい39億円積算に表れない経費を検証する ④ 歳入不足の場合の県費負担の検証 ⑤ 知事及び県行政の信頼性を問う ⑥ 開かれた、わかりやすい、県民参加の県政か否かを問う ⑦ 県政の基本的なあり方を問う 3. アジア大会経費膨張が自治労や県職労に与える影響と対応 これまでみてきたようにアジア大会の招致にあたっては、大会運営経費見込みの十分な説明が県民や県議会にないまま、まさに県民不在のトップダウン方式で開催都市契約を締結したことが今回の問題の発端であり、その後の顛末の不透明さ・不可解さにつながっています。そのことの行政責任の所在が事務総長の交代と新たな積算のやり直しというかたちですりかえられ、ことの本質が隠蔽されようとしています。 8億円の経費で招致した大会が39億円の新積算経費で開催されるとしたら、別途の県費負担も含め、30億円以上の県財政が充当されることになる。それでなくとも財政危機の県財政ゆえに、そのしわ寄せが教育費や社会保障費に向けられるのは当然であります。 それだけではなく、県民の県財政への関心が県職員の賃金等に向けられ、議会と一体となった県職員の賃金労働条件の切り下げ攻撃となって表面化することも十分に想定されます。同時に、競技開催地自治体の競技運営協力に係っての自治体の経費持ち出しも人件費相当の持ち出しと合わせ、当該自治体へのしわ寄せがでることが予想されます。それが、地方財政の危機に一層拍車をかけることにつながることも想定して、具体的なそれぞれの経費についての検証を組合レベルで実施し、当局交渉を県職労や当該自治体単組では展開しなくてはなりません。 もう一度、アジア大会の開催地の負担問題を国体民主化の活動とあわせ、スポーツを県民が主体となって楽しめるようにするためにも、スポーツ競技大会のあり方とともに自治労の自治研活動の一環として研究実践する必要があります。 まとめ 今回の「2003年青森アジア冬季競技大会経費膨張問題」は、単に大会運営経費の膨張問題にとどまらず、県の行政運営のあり方、県議会のあり方と責任、県行財政に県民の民意をどのように反映させるか、県民と議会が県行政をどのようにチェックできるか、県民に情報をどのように公開・開示できるか、県行政の透明性をどのように保つか、重要な政策の意志決定には県民投票が必要か、などの重要な問題を提起しています。 これからの課題も多く、今回のこの問題を契機に、自治労県本部・自治センターは多様な住民運動組織の結節点となって、真の地方自治の確立のためこれまで以上に調査・研究・実践が求められています。
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