はじめに
川崎市職労は、「自治体は市民のためにある」という基本的な立場にたち、"職能集団"としての各支部の特徴を生かした政策課題を掲げ、自治研活動として取り組んでいる。総務支部では、今日の分権型時代に対応した自治体改革闘争を進めるにあたり、分権型行政システムの構築、総合的政策評価システムの確立、情報公開の徹底、地域情報化の推進等を柱とした自治研究課題に取り組んでいるところである。
1999年4月1日、川崎市は「川崎市審議会等の会議の公開に関する条例」(以下「会議公開条例」という。)を施行し、会議公開制度を本格実施するに至った。このことは、次の2つの大きな意義をもっている。
(1) 全国初の会議公開単独の条例であること
情報公開条例等に附属機関などの会議の公開に係る規定を置いている自治体はいくつかあったが、いずれも非公開の基準や諸手続については要綱又は指針に委ねられており、会議公開単独の条例としては全国で初めてである。
(2) 川崎市の統合的情報公開制度が全て整ったこと
川崎市では、市民の「知る権利」を実効的に保障し、開かれた市政の実現をめざすため、後述する5つの制度からなる統合的情報公開制度を展望し、順次制度化を行ってきた(1)が、最後に残っていたのが会議公開制度であり、ここに統合的情報公開制度は一応の完結をみたことになる。
本稿では、川崎市の統合的情報公開制度と、これによって保障しようとする「知る権利」について概観した後、このような大きな意義を有する会議公開条例の具体的内容を紹介し、さらに、統合的情報公開制度及びその一環としての会議公開制度の今日的な意義を、情報公開をめぐる近年の動向と関連づけながら考察し、今後の自治研活動のあり方に関する検討に資することとしたい。
1. 川崎市の統合的情報公開制度と「知る権利」
川崎市における情報公開の制度化への取り組みは、1980年3月の記者会見において、市長が情報公開条例の制定を表明したことに始まり、庁内での検討を経て、1983年2月から、学識経験者を中心とした「川崎市情報公開制度研究委員会」において本格的な調査研究が行われて制度の骨格が固まった。1983年10月の同研究委員会の提言『開かれた市政の実現をめざして一情報公開制度への提言』は、公文書公開制度を中心に、情報提供、会議の公開、公人情報の公開、プライバシー保護など、関連する諸制度を整備・拡充して情報公開システムを統合的に発展させようとする方向性を提示しており、当時としてはかなり斬新な内容であったと言ってよい。川崎市ではこの提言を基に、5つの制度からなる統合的情報公開制度を展望し、各制度の整備・充実に努めてきた。制度化された順にこれらを要約して示せば、次のとおりである。
(1) 情報提供制度
すでに市の広報活動等により行われていた情報提供を、次に述べる公文書公開と相互に補い合う関係として積極的に位置づけ、一層の充実を図ることとしたものである。
(2) 公文書公開制度(1984年10月1日実施)
市が保有する全ての情報(公文書)を請求に応じて公開するよう市に義務づける制度。
請求は権利として保障され、請求を拒否された場合は法的に争うことができるもので、統合的情報公開制度の中核をなす。
(3) 個人情報保護制度(1986年1月1日実施)
プライバシーの権利を、個人生活の秘密を守る権利にとどまらず、個人情報の流れを本人自らコントロールする「自己情報コントロール権」として位置づけ、個人情報の閲覧等の権利を保障するとともに、個人情報の適正な取り扱いに関するルールを定める制度。
(4) 公人の資産公開制度(1993年9月1日実施)
政治倫理の確立のため、市三役と市議会議員の資産内容を自ら公開し、その高潔性・適格性を実証することによって、市民の市政への信頼を確保しようとする制度。
(5) 会議公開制度(1999年4月1日実施)
市の政策形成に重要な役割を果たしている審議会等の会議及び会議録を公開することによって、その審議過程を市民に明らかにし、審議会等のより公正な運営の確保を図る制度。
ところで、川崎市の統合的情報公開制度は、「知る権利」を実効的に保障することによって市政への市民参加の推進と市民の信頼確保を図り、公正で民主的な市政を確立しようとする見地から提唱されたものであり、制度全体を貫くキーワードは「知る権利」(2)である。「知る権利」という言葉は極めて多義的・多面的であり(3)、国民・住民が情報を受領したり収集したりすることを公権力によって妨げられないという自由権的性格のものから、政府や自治体の保有している情報の公開を要求したり、個人情報の本人開示を求めたりする請求権としての性格を有するものまで、様々な解釈がなされている。各自治体の情報公開条例や、国の情報公開法(行政機関の保有する情報の公開に関する法律)の制定に際し、「知る権利」を条文に明記すべきか否か、多くの議論が展開されてきたことは周知のとおりである(4)が、統合的情報公開制度に理論的な基礎づけを与えた前述の川崎市情報公開制度研究委員会は、「知る権利」を実効あらしめるための方策として情報公開制度を換討したものであり、1983年10月の同研究委員会提言においては、そもそも「知る権利」とはいかなる権利であるかについては特に言及されていない。しかし、この提言を踏まえて構築された5つの制度の趣旨から考えると、統合的情報公開制度が保障しようとする「知る権利」とは、地方自治の主体である市民が、市政の監視・参加のために必要な、正確で豊富なあらゆる面の情報を、あらゆる方法によって得ることができる権利であって、上記のような様々な解釈を包含する広範な概念であると言うことができるであろう(5)。
2. 会議公開制度概観
川崎市の統合的情報公開制度の一環としての会議公開制度は、学識経験者による「川崎市会議公開制度研究委員会」が、庁内の制度化推進委員会と合同で1年余りにわたって審議した結果、1997年3月に市長あてに提出した答申『開かれた市政の実現をめざして〔審議会等に関する公開制度について〕』に基づき、指針による1年半の試行の後、条例化されたもので、条例制定に至るまでにはかなりの準備期間を置いていると言える(6)。
会議公開制度を条例によって定めることの意義は、何よりも、指針や要綱で陥りがちな安易な改廃、恣意的な運用を避け、実施機関や審議会等に対して会議公開制度の適正な運営を条例によって義務づけることにより、制度を安定的で堅固なものとすることにあると言えよう。
以下、会議公開条例の主な内容を紹介する。
(1) 対象とする会議
地方自治法上の附属機関及びこれに準じた機能をもつ審議会等の会議を対象とする(第2条)。
行政委員会の会議手続については、それぞれの設置法に規定が置かれており、概ね委員会規則等によって、自主的にこれを定める権限が法定されていることから、各委員会の自主性・自律性を尊重し、条例の対象外とした。また、職員による庁内会議については、合議体として意思決定を行う審議会等とは性格が異なることや、緊急・頻繁に行われる庁内会議を審議会等と同様の公開制度に加えることは、行政の機動性・効率性確保の観点のみならず、行政活動の大きな変革を伴うものであって、検討すべき課題が多く残されていることから、条例の対象とはしていない。
(2) 会議公開の原則・非公開の会議
審議会等の会議は、原則として公開する(第3条)。
不服申立て、苦情、あっせん及び調停に係る会議は非公開とするが、ロ頭審理等については、当該申立人あるいは当該当事者双方から公開の申立てがあったときは、公開することができる(第4条)。
会議の審議等の内容が、川崎市情報公開条例の非公開事由、すなわち個人情報、法人情報、市政執行情報又は法令秘情報に該当するおそれがある場合は、その会議の全部又は一部を非公開とすることができる(第5条)。
(3) 会議開催の事前公表
実施機関(審議会等が設置されている市長その他の執行機関)は、緊急の場合を除き、公開・非公開にかかわらず、審議会等の会議の日時、場所等をあらかじめ公表する(第6条)。
具体的には、会議開催の1週間前までに、会議名等を記載した「会議開催のお知らせ」を区役所、区役所支所、公文書館及び情報プラザ(市役所第3庁舎内)に配架するとともに、インターネットホームページに掲載することにより行う(条例施行規則第2条)。
(4) 会議の傍聴等
公開の会議は、何人も傍聴することができる(第7条)。また、会議の傍聴者には会議資料が提供される(第8条)。
(5) 会議録の作成及び閲覧
実施機関は、公開・非公開にかかわらず、審議会等の会議録を作成し(第9条)、公開された会議については、会議録の写しを閲覧に供しなければならない(第10条)会議録は会議開催後1ヵ月を目安に作成する運用となっており、会議録の写しは、会議開催日の属する年度の翌年度の末日まで、公文書館及び情報プラザに配架する(条例施行規則第6条)。なお、非公開の会議の会議録は配架されないが、情報公開条例に基づく閲覧等請求の対象となるものである。
(6) 運営審議会
制度の適正かつ円滑な運営を推進するため、市民及び学識経験者計7人以内で構成する川崎市会議公開運営審議会を設置する(第11条)。
会議の公開・非公開の決定は、行政処分には該当せず、市民がその決定の取り消し、会議のやり直し、非公開会議の中止等を求めることはできないと考えられるため、公文書公開制度における審査会のような救済機関は設けられていないが、制度の運営に係る重要事項について、実施機関からの諮問に応じて調査審議する機関として運営審議会を設置し、適正かつ円滑な運営のためのいわばチェック機能を果たすようにしたものである。
(7) 運営状況の報告及び公表
実施機関は、毎年この条例の運営状況について議会に報告するとともに公表する(第12条)。
ちなみに1999年度(1999年4月1日~2000年3月31日)の運営状況を瞥見しておくと、審議会等の開催数は延ベ1,395件、公開された会議は延ベ540件、非公開の会議は延ベ855件、傍聴人数は延ベ799人、傍聴のあった会議の数は延ベ107件、会議開催の事前公表に係るインターネットホームページのアクセス件数は3,080件、などとなっている。
3. 行政改革・地方分権の時代における統合的情報公開制度及び会議公開制度
情報公開をめぐる最近の最も大きな動きは、やはり、国の情報公開法(行政機関の保有する情報の公開に関する法律)の成立であろう。同法第41条が、自治体に対しても、同法の趣旨に則った情報公開施策の策定・実施を求めたことを受け、未だ情報公開条例を持たない自治体において新たに条例を制定する動きが活発化する(7)とともに、すでに情報公開条例を有する自治体においても、情報公開法の趣旨やこれまでの条例の運用も踏まえて条例の見直しを行っており、川崎市においても、2000年6月に川崎市公文書公開運営審議会に諮問し、条例見直しの検討に着手したところである。最近の情報公開条例の主な特徴として、「知る権利」とともに情報公開法第1条の目的規定にある説明責任(accountability)の概念を条例に明記し、情報公開施策の指導理念として位置づけて実施機関の情報公開義務をより明確にする(8)とともに、請求によらない情報提供施策の充実を具体的な形で示したり(9)、附属機関等の会議の公開や出資法人の情報公開について、明文の規定を置くようになっていることが挙げられる。
このような自治体の情報公開施策の充実の傾向は、近年の行政改革・地方分権の動きと決して無関係ではない。行政手続法、地方分権推進法、中央省庁等改革基本法、情報公開法等に代表される近年の動向を見ると、改革を特徴づける「公正・透明・参加・自己責任・自己決定」といった言葉に象徴されるように、これらは全体として、従来の行政スタイルの根本的な変革を求めるものであると言える。今後の自治体行政における政策形成のあり方も、地方分権によって権限を移譲された自治体が、自己決定権の拡充と自己責任の拡大を十分認識し、行政運営に係る情報を市民と共有し、市民の監視と参加の下で、公正・透明な手続に従って合意を形成するという、慎重で合理的なものでなければならない。他方、市民の側も、情報を与えられた市民(informed citizenry)として、やはり自律的・能動的な態度が期待されよう(10)。
市民の「知る権利」を実効的に保障するという観点から川崎市の情報公開の方向牲を決定づけた川崎市情報公開制度研究委員会の提言から、すでに17年が経過しようとしているが、これを基に構築された川崎市の統合的情報公開制度は、未だに輝きを失っていないばかりか、このような行政の転換期において、ますますその重要性を増してきていると言い得る。とりわけ、市の政策形成に重要な役割を果たしている審議会等の会議の公開を、公文書の公開や情報提供と関連づけながらも、独立の制度として単独の条例によって構築し(11)、実施機関や審議会等に制度の適正な運営を義務づけた川崎市の会議公開制度の意義は大きく、市政を知り、市政の監視・参加に大いに資するものであって、市民自治・市民参加のための基本的なツールの一つとして、自律的市民によって積極的に活用されることにより、実施機関・審議会等の適正な制度運用と相まって、ますます充実したものになるものと思われる。
同時に、このような状況は、我々自治体労働者にとっては、ますます自らの労働の質を厳しく問われつつあることを意味する。今求められていることは、情報公開制度の深まりを、我々の労働の強化を促進する要因であるととらえるような短絡的な思考から脱し、市民とのパートナーシップによって、より良い自治体、地域づくりに、労働組合としても主体的に関与していくことである。しなやかな創造力と確かな行動力を持って、来たる市民社会を切り拓くために、我々自身が、今、分水嶺を越えていかなければなるまい。
今後も、政策形成過程におけるこの制度の重みをかみしめ、制度の適正かつ円滑な運用に努めつつ、労働組合としても自治研センターや市民グループとの連携を強化し、自治研的視点からの取り組みを進めていきたいと考えている。
(1) 川崎市における情報公開制度のあゆみについて、詳しくは川崎市情報公開制度10周年記念誌編集委員会編『開かれた市政の実現をめざして ― 川崎市情報公開制度10年のあゆみ ― 』(1993年)参照。
(2) 「知る権利」に関する本格的な研究として、奥平康弘『知る権利』(岩波書店)(1979年)がある。古いが未だに主要な文献と言える。
(3) 佐藤幸治『現代国家と司法権』(有斐閣)(1988年)443頁以下参照。
(4) 情報公開法の基になった情報公開法要綱案の作成過程における議論を要領よく整理したものとして、情報公開法研究会『情報公開制度のポイント一情報公開法要綱案・その論点』(ぎょうせい)(1997年)17頁以下。なお、小早川光郎編集『情報公開法 ― その理念と構造 ― 』(ぎょうせい)(1999年)4頁以下(長谷部恭男執筆)参照。
(5) 従って、この場合の「知る権利」は、権利としての法的性格も多様で、一律に捉えることはできないと言うべきである。
(6) 三辺夏雄「条例コーナー 川崎市審議会等の会議の公開に関する条例」ジュリスト№1160(1999年)6頁。
(7) 自治省の調査によると、2000年4月1日現在の地方公共団体における情報公開条例(要綱等)の制定状況は、都道府県と市区町村を合わせた地方公共団体全体(3,299団体)のうち、1,426団体が条例(要綱等)を制定済みであり、前年度(908団体)に比べて518団体、約57%の増加となっている。また、地方公共団体全体の制定率も、43.2%となっている(前年度は27.5%)。
(8) 開示・不開示の枠組みとして、「不開示情報が記録されているときは開示しないことができる」旨の規定を、「不開示情報が記録されているときを除き開示しなければならない」旨の規定に改めるのが通例となっている。
(9) 例えば、2000年4月1日から施行された東京都情報公開条例には、同一の公文書につき複数回開示請求を受けてその都度開示をした場合等で、都民の利便及び行政運営の効率化に資すると認められるときは、当該公文書を公表するよう努める旨の規定がある(第31条第2項)。
(10) 行政手続、情報公開、規制緩和、地方分権を近年の行政改革の主要課題として取り上げ、行政と市民との関係の変革を論じたものとして、宇賀克也『情報公開法の理論〔新版〕』(有斐閣)(2000年)1頁以下があり、執筆にあたって示唆を受けた。なお、地方分権と情報公開との関係については、簾原静雄『情報公開法制』(弘文堂)(1998年)18頁以下も、ほぼ同様の認識に立っていると思われる。
(11) 自治体において、情報公開条例が定着した次の段階としては、会議公開条例の制定が課題であると主張するものとして、宇賀克也『行政手続・情報公開』(弘文堂)(1999年)172頁。 |
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