1. はじめに
三重県では、1995年4月に北川正恭知事が就任以来、生活者起点の行政を基本に「さわやか運動」「事務事業評価システム」「行政システム改革」「率先実行」など、様々な改革が今日まで急速な早さで進められている。これらの改革は、行政機関である県が市町村・企業・NPO・県民などとそれぞれに協働して行政活動を進めることが目的で、これまで改革の対象であった県の組織・業務に加え、職員の意識改革に比重を置いている。 今回のレポートでは、三重県が取り組んでいる改革全体ではなく、県民などとの協働による県行政を進める上でその前提とさえいえる情報の共有化に向けた積極的な情報の提供・公開や県民の業務に対する透明度の向上、説明責任を果たすために導入したといえる事務事業評価システム、行政経営品質評価などの概要、課題、今後のあり方について報告するとともに、これらの取り組みに対する今日までの県職労の対応を示しつつ、地方自治体の労働組合が果たさなければならない役割を明らかにする。
2. 全国トップクラスの情報公開
(1) カラ出張問題が大きな転機 三重県の情報公開度は、全国市民オンブズマンの調査によると47都道府県の中で行政が第2位、議会が第1位にランクされている。しかし、情報公開条例が施行された1988年度当初は全国の中でも平均的なものであった。それが、全国のトップレベルとなったきっかけは、1995年から1996年に明らかになり全国に広がった「官官接待」と総額12億円に及んだ裏金づくりである「カラ出張問題」といえる。表1 県が公表している年度別公文書の開示件数(表1)をみると、条例施行以降数百件台で推移していた開示件数が官官接待が表面化した1995年度には市民オンブズマン等からの食糧費に関する開示請求が急増して千件を超え、県を揺るがす大問題となったカラ出張をきっかけとする予算の不適正執行が勃発した1996年度には旅費に関する開示請求が異常な伸びを示して前年の14倍を超える14,765件と大幅な増加となった。 県は、大幅な開示請求の増加や開示対象の拡大要求を受け、1996年10月に旅費、食糧費、消耗品費に関する公文書を原則公開とする「旅費・食糧費等に関する開示基準規則」を施行するとともに1998年4月からは旅費等に加え、交際費に関する公文書も原則公開とする「旅費・食糧費等に関する開示基準規則」の一部を改正・施行し、全国でもトップクラスの開示基準を確立した。さらに、1998年10月からは事務事業目的評価表を1999年2月からは予算見積書を公表した。一方、これらを機に県民への説明責任(アカウンタビリティ)と情報公開の制度濫用や個人訴訟への対応が課題となった。
表1
(2) カラ出張を機に県職労は県政信頼回復運動等を展開 県職労は、県の情報公開について条例施行以降際立った取り組みは行ってこなかったが、カラ出張に関する県の調査結果が公表されて以降、県民の信頼回復と職員の安心感の確保さらに情報公開への対応などを含む「県政信頼回復運動」に取り組んだ。 第一は、裏金づくりをせざるをえなかった予算策定や歳出対象の拡大などの取り組みで、使い切り予算の見直し、本来公費支出が必要な部分への予算の確保などに取り組んだ。成果はあったものの、とりわけこれまで予算措置がほとんどできていなかった部分では手続き等の煩雑さに加えて交際費に代表されるように情報が原則全面公開であるため、さらにこれまであまり意識していなかった県民への説明責任ともあいまってその執行率が低位にとどまったことは職員の意識、手続きの両面で大きな課題となった。 第二は、カラ出張以降大幅に増えた情報の開示請求への対応で、その件数の多さから職員の通常業務に支障をきたしかねない状況ともなり、また大量請求や開示決定を受けたにもかかわらず閲覧に応じないなど、権利の濫用ともいえる開示請求が起こるようになったことなどもあり、県職労は情報公開に対する体制の充実と権利の濫用に対する防止策を県当局に求めた。 第三は、カラ出張で揺らいだ職員の安心感の確保で、カラ出張では職員個人に出張費用の返還を求める個人訴訟が相次ぎ、県職労は県に対して職員個人ではなく県の組織として対応することを強力に求め、県は組織全体として責任をとることを明らかにし、その結果職員個人への訴訟は取り下げられた。しかし、これを契機に職員が組織上の手続きを経て行った業務でも県民等が情報公開などによりその業務に異議があれば、職員個人を相手取って訴訟を提起することができ、職員は個人としてその訴訟に全面的に対応しなければならないという職員にとっては極めて不合理な訴訟がしばしば提起されるようになった。県職労は、個人訴訟についてその対策を県に求めたが、訴訟相談窓口の設置などで多少の前進はあったものの、法律の改正を必要とする問題であり、根本的な改善には至っていない。
(3) 情報公開の現状 県は、本年4月新情報公開条例を施行した。新しい条例の特徴は、①目的規定に「知る権利」「説明責任」「住民との協働」を明記、②実施機関に「公安委員会」「警察本部長」を含めた(実施時期未定)、③請求権者を「何人も」とした、④公文書の範囲を「決済供覧済み」から「組織共用」文書に拡大、⑤行政情報(審議・検討情報などいわゆる意思形成過程情報、行政運営情報)の公開範囲を不当に狭めないよう非開示理由を整理・限定、⑥公益的理由による裁量的開示を規定、⑦第三者情報の権利保護を規定、⑧県出資法人等の情報公開推進を規定、などである。新条例は、これまでの情報公開の実態を上回るような内容は少ないものの、県職労が強く求めてきた権利の濫用への歯止めとして、「適正な請求」及び「公文書特定の協力」を開示請求者の責務として条例に明示されたことは大きな前進といえる。 情報の積極的な提供として県のホームページで様々な情報を提供しており、旅費・消耗品費・食糧費・交際費の四半期ごとの支出状況、各種審議会の会議結果、事務事業評価システムの評価表も見ることができる。
3. 全国的に注目を浴びた事務事業評価システム
(1) すべての業務を民間の考え方・手法で見直すシステム 現在では全国的に様々な手法で導入されている行政評価だが、地方自治体の業務に費用対効果をはじめとする民間の手法・考え方を取り入れてすべての業務をゼロから見直そうとする事務事業評価システムの全国に先駆けた三重県での策定・導入である。 1995年からその策定に着手、翌年から導入され、事業の効果への自己採点能力と県民に対する説明責任を向上させ、政策形成過程の透明化を図ることを目的とした。その仕組みは、事務事業を手段ではなく目的から見直し、その目的を成果指標という概念で表すことによって明確にするとともにその数値と費用とのバランスで事務事業の要否や目標管理・進行管理を行うものである。具体的には、事務事業見直しのための項目(目的と成果、環境変化、評価、改革案・予算要求案等)を記載する事務事業目的評価表を担当部署が作成した後、これを全庁的な予算編成過程で活用しようとした。
(2) 職員には厳しい評価 県職労は当初、県当局からその概要を聴取して、①事業のプライオリティ化(優先順位)による財政部署主導による予算編成からの脱却、②予算編成作業の簡素化による事務量の軽減(時間外勤務の縮減)、③前例踏襲主義の見直しなどのメリットと、①非効率部門の安易な切り捨て、②合理性優先の行政運営、③導入当初の大幅な業務量増加などのデメリットを認識しつつ、当面その導入状況を見ながら是々非々で対応することとした。 1996年には本庁に、翌年には地域機関にも導入されたが、組合員からは様々な不満の声が寄せられ、県職労は1998年7月に県の行政システム改革全般に対する全職員の意向を把握するために実施したアンケートで状況把握に努めた。事務事業評価システムに対する評価は肯定派が約25%、否定派が約35%と否定が肯定を大きく上回った。主な意見では、肯定が「事業に対する客観的な評価は必要」「事業を改めて見直す機会になった」「職員の意識改革につながる」で、否定は「評価結果が予算編成に反映されず、事務量が増えただけ」「すべてを同じ基準で評価するのは困難」「自分の担当事業の自己評価では正確な評価は困難」「数値化が困難のものまで無理に数値化している」などであった。 県職労では、アンケート等の結果を受けて意識改革などでメリットはあるものの、導入時に最大のメリットと考えていた予算編成時の業務量の簡素化による時間外勤務の縮減がまったく効果を上げておらず、逆に事務事業目的評価表の策定にかかる事務量が従来より増えただけの状況から改善を県当局に強く要求した。
(3) 目的が予算編成への反映から事業結果の評価へ 事務事業評価システムに対する県職労などからの指摘を受け、県は庁内にチームを設置して、①予算要求に生かすための事前評価から事業実施後に行う事業評価に、②すべてを数値目標とする成果指標の柔軟な対応、③大幅な記述様式・内容の変更などの変更が決定され、1999年度事業終了後から実施された。 システム導入の目的は大きく変更され、予算編成への積極的な活用から事務事業の目的の適切さ、事業継続の必要性などの事業結果を見直すシステムに変更された。このことは、県職労が導入当初最大のメリットとした予算編成作業の簡素化・業務の縮減からは大きく変更されたものの、すべての事務事業目的評価表を情報公開の対象とし、さらに県のホームページに掲載して県民に積極的に事業情報を提供するなど、今後ますます重要性を増す県民への説明責任、県民等との協働の観点から一定評価できるシステムとも言える。 県職労としては、組合員の多くが何らかで関与するとの点で事務事業評価システム導入当初からもう少し積極的に関与する必要があったとの反省がある反面、導入後は3度の職員アンケート等を通じた問題点の把握と指摘が、システムの改善に至った面では一定評価でき、今後とも組合員の意見を随時把握して見直し等に関わっていく必要がある。
4. 客観性を確保するためのさらなる評価制度の導入
(1) 行政体質の転換をめざし行政経営品質評価を導入 事務事業評価システムが内部評価であることに対して、客観的な評価が必要であるとの県庁内外からの意見を受け、県は1999年度に行政経営品質評価制度を導入した。この制度は、県民を行政サービスの顧客と位置づけ、企業経営を診断・評価する「日本経営品質賞」の考え方を導入したもので県民重視の経営の仕組みが構築されているかなどを(財)社会経済生産性本部が評価するものである。全国的には岩手県で初めて導入され、三重県が2番目。評価の項目は、①経営ビジョンとリーダーシップ、②戦略の策定と展開、③人材開発と学習環境、④情報の共有化と活用、⑤顧客満足など大きく8項目から構成され、各項目の質問に対し県が県政運営の仕組みや成果について記述を行い、この記述をもとに(財)社会経済生産性本部の評価員が知事及び幹部職員等にヒアリングを行い、評価員は各項目ごとにそのレベルを判断。県は、総合的な行政運営のレベルと「評価できる点」「取り組むべき課題」が指摘を受け、取り組むべき課題の解決と、以降も評価と改善を繰り返し、県の行政体質の転換をめざす。
(2) 行政経営品質評価に対する県職労の役割 行政経営品質評価は、事務事業評価システムに比べて関わりを持つ職員は非常に少なく、労働条件などに関する影響等も少ないことから積極的に対応しなかった。しかし、昨年度の評価を受け、各部局は本年度から取り組むべき課題の改善に向けて多くのワーキンググループなどを設置して取り組んでおり、改善項目によっては職員に直接影響する内容もあり、改めて県職労としての対応の必要性を感じている。特に、評価項目の中には顧客(県民)満足度の向上には職員の満足を向上させることが必要であるとの考えから「職員満足度の把握とその改善」などの評価項目も含まれており、この部分には特に県職労の本来の運動と連携させた積極的な取り組みが今後必要である。
(3) 県民への客観性を確保するその他の取り組み その他にも県民への説明責任や情報の積極的な提供との観点から、①サービスの受け手の立場に立った公共サービスのあり方・基準を示す「県民への約束」の公表、②企業会計手法での財務内容の公表による財政状況の県民の理解向上、③他組織から最も優れた実践方法を学び、三重県に適した形で導入・改革する「ベンチマーキング」、④ISO9000シリーズの導入による効率的で質の高い行政サービスの提供とISO14000シリーズの導入による県の率先した環境保全への取り組み宣言などをすでに導入するとともに、2001年度予算審議からは県が行うすべての公共事業の必要性などを客観的に評価・事業化する「公共事業評価システム」を全国に先駆けて導入しようとしている。このように様々な取り組みが行われているが、その取り組みを直接担う職員の立場に立ち、職員にとっても良い取り組みとして定着させていくために県職労は様々な形で関わる必要がある。
5. 県民との信頼関係確立に向けた今後の取り組みと県職労の役割
全国の地方自治体で情報公開が加速度を増して進み、行政評価も様々な手法で広がってきているが、それらはまだ確立されたものといえず、試行錯誤が繰り返されている。このような情報公開や行政評価が過渡期の現状は、職員の業務遂行を萎縮させる恐れがあり、結果として県民サービスの低下につながる可能性がある。一方、全国の先頭集団で改革を進める三重県ではこれまでの様々な改革に加え、①情報公開等では、県の意思決定についてその意思形成のスタートから経過・結果までを公開の対象とするとともにさらにそれらをパブリックコメントなどによる積極的な情報提供により県民に行政への関心度を高め、②行政評価では、より客観性のある基準や手続きへの改善とともに評価の経過・結果を積極的に情報公開・提供することにより県民に行政サービスの客観性を担保する、などにより県民との協働から県民との信頼感の確立による県行政の推進をめざしており、これらの取り組みは手法や手続きの違いはあるものの全国の地方自治体で同様の動きが予想される。 これらの状況に対して情報公開や行政評価が成熟したシステムとなり住民との信頼感に成り立つ行政体、行政サービスが確立できるまで、地方自治体の労働組合にとっては個人訴訟への対応をはじめ様々な課題に対して職員が安心して働くことができる環境を作ることが今後最も重要な活動の1つとなる。 |