地方自治体行政とダイオキシン、環境ホルモン問題

三重県本部/三重県保健環境研究所・小川 正彦

 

 ダイオキシン問題と環境ホルモン問題は、近年、急速にクローズアップされてきており、マスメディアからの情報量の飛躍的な増大とともに国民の重要関心事となった。これに対し行政機関、特に地方自治体は、どう対処すればよいのかを、県民の不安が増大しつつある今、検討を加えてみたい。

1. ダイオキシン問題と環境ホルモン問題の類似点・相違点

 ダイオキシン問題と環境ホルモン問題は、ともに化学物質が原因となっている社会問題ということ、また、ともに「環境」という言葉に関係することから、一般には同列に論じられることが多い。しかし、地方自治体の行政施策の面から見た場合、本当にそれでよいのであろうか。そのことを検討するには、2つの問題を検証することが必要となる。そこで類似点・相違点を列挙してみると、以下のとおりである。

<類似点>
 (1) 産業医の活動過程で生成される物質が、人及び生物を害するという自然科学的な影響の問題である。
 (2) 対象となる物質が、すでに多量に排出(生産)され、現に、その排出(生産)は継続している。
 (3) 自然科学的な問題が、社会的な問題となり、またセンセーショナルにマスコミ等で取り上げられ、いろいろな情報が輻輳している。
 (4) 分析、測定、影響調査等に多大な費用が必要である。

<相違点>
 (1) ダイオキシンは、その対象がダイオキシン類及びコプラナPCB類ということで、現時点でも物質が固定されている。環境ホルモンは、農薬等のごく一部の物質については、ほぼ確定しているが、それ以外の大多数の物質については、研究者間で意見の相違があり、環境ホルモンの物質リストにかなり大きな差がある。それ以前に環境ホルモンの用語の是非、その定義の範囲すら確定していない。つまり、環境ホルモンは、今なお「通称」である。
 (2) ダイオキシンは、物質が明確である分、また、二十年来検討されてきたことから、科学的な一定の蓄積(一般毒性情報、測定方法、等)があり、その毒性等の科学的評価に対する疑義は特に大きくはないが、環境ホルモンは、毒性等の科学的評価どころか、その評価するための方法すら確定していない。
 (3) ダイオキシンは、発生源がある程度特定しており、その直接的な影響は局地的であるが、環境ホルモンは、即席麺の広告(Hl0.5.15 ― カップめんの容器は環境ホルモンなど出しません)の事例をみれば判るとおり、使用される化学物質についての問題であるため、最初から広範囲に影響する。
 (4) ダイオキシン類は、測定方法自体はほぼ確立しているが、その測定機器・設備に数億円の費用が必要であり、結果、検査機関が限定され、また、検査費用が高額になる。これに対し環境ホルモンは、物質数が多く、測定方法自体が確定していないものが多い。そのため、物質にあった測定方法を開発又は導入することが、多数、必要となる。さらに、対象物質数が多いことにより、1物質当たりの導入費用はダイオキシン類に比べれば少額ではあっても、物質数に比例した測定機器・設備費用が必要であり、検査項目数に比例した検査費用が必要となる。
 このように見てくると、総論的にはダイオキシン問題と環境ホルモンの問題は類似点が多いが、各論的には相違点が目立ってくる。このことを踏まえて、行政施策の視点から2つの問題を検証してみることにする。

2. 2つの問題に対する行政の立場、施策の考え方

 総論においては、この2つの問題には類似点が多いことから、方針については共通のものが考えられる。それは、以下の3点である。
 (1) マスコミ等から伝わる断片的で、輻輳している情報が、逆に、住民に情報に対する飢餓感を増大させ、不安を生んでいる。これを解決するため、情報を広く収集し、その科学的根拠を常に検証して、総合的な情報提供を行う必要がある。
 (2) 対象が目に見えない化学物質であり、その危険性が遅効的であるため、住民が現状を直接把握できない。そのことが一層不安を増幅している。この面での総合的調査・研究を実施して、事実確認を行う必要がある。
 (3) 日本国内には、この2つの問題を解決した事例がなく、住民は事実確認後の解決策についての不安、つまり、解決できるのか、対策があるのかどうかについての不安を持っている。これについて、技術的、法的、資金的な保証を与える必要がある。
 次に、行政が行うべき施策であるが、これについてはさきほどの各論に当たるため、ダイオキシン問題と環境ホルモン問題との間に差がでる。そこで別々に触れることにする。

2-1. ダイオキシン問題での行政施策
 ダイオキシン問題は、現在、個人、企業、行政が如何に行動するかの段階にきている問題である。そこで以下のような行政需要が形成され、これに対する行政施策が求められる。
 (1) 総合的な情報提供、評価
 (2) 許容限度の策定(環境基準、排出基準等環境に関する基準、食品残留基準等人体摂取に関する基準、影響評価基準)
 (3) 環境汚染実態(地域)の調査
 (4) 環境汚染実態(人体、食品)の調査
 (5) 影響評価
 (6) 汚染地対策の実施(除害方法の開発・除害の実施)
 (7) 汚染源対策の実施(低排出施設・設備の開発・普及、防止技術の開発、防止装置の開発、普及)

2-2. 環境ホルモン問題での行政施策
 環境ホルモン問題の対象となる物質は、行政的に3種類の類別が可能である。それは、①環境ホルモンかどうかで、現在、疑義があるもの、又は一部で指摘されるに留まるもの(エチレンモノマー等)、②環境ホルモンとして認知されたが、従前、無毒性、弱ホルモン作用等とされ現に使用されている物質(TBTO等妨錆剤)、③環境ホルモンとして認知されており、かつ毒性の面からその面からその使用が規制(制限)されている物質(PCB、有機塩素系農薬等)の3種類である。この①②③それぞれに関する施策は、以下のとおりである。
<①に関する施策>
 (1) 総合的な情報、特に毒性情報の収集と、情報の科学的裏づけの確認、及び住民への提供。
 (2) 評価試験法(環境ホルモンかどうかの判定方法)の策定の推進
 (3) 評価の実施
 (4) 測定方法の開発
 これらは、なにより行政として適切な判断が出来る状況、住民の冷静な判断力の確保と、行政が適正な判断が出来る環境づくりが必要であるとの認識による。
<②に関する施策>
 (1) 総合的な情報、特に毒性情報の収集と、情報の科学的裏づけの確認、及び住民への提供
 (2) 評価の実施
 (3) 測定方法の開発
 (4) 許容限度の策定(環境基準、排出基準等環境に関する基準、食品残留基準等人体摂取に関する基準、影響評価基準)
 (5) 環境汚染実態(地域)の調査
 (6) 環境汚染実態(人体、食品)の調査
 (7) 影響評価
 (8) 汚染地対策の実施(除害方法の開発・除害の実施)
 (9) 汚染地対策の実施(代替物質等による使用の中止、使用量の低減・使用範囲の制限)
 この②の取扱いが、最も注意を要するところである。危機意識を強調した等の住民への遍在した情報の提供、逆に、情報の隠蔽等は、住民の不安心理を掻き立て、過去の厚生省の例を取るまでもなく行政不信を引き起こし、更なる混乱をもたらす。また、これら施策の実施順序にも注意が必要である。特に実態調査は慎重に時期を判断して行う必要がある。汚染地を確定するためには、基準・評価の科学的根拠をしっかりする必要があるのは勿論、汚染地対策を示せなくては住民に苦しみを与える結果にしかならない場合がある。
<③に関する施策>
 (1) 総合的な情報、特に毒性情報の住民への提供
 (2) 食品残留基準等人体摂取に関する基準の見直しの必要の有無の検討
 (3) 測定方法の高感度化
 (4) 環境汚染実態(地域)の調査
 (5) 環境汚染実態(人体、食品)の調査
 (6) 汚染地対策の実施(除害方法の開発・除害の実施)
 ③は、現在ではほとんど排出されておらず、もっぱら汚染の特定と、その拡散の防止、人体への影響の防止等、監視と除害技術の向上の推進に重点をおいた対応が必要とされるものである。

3. 行政施策の役割分担

 これまでに述べたことを、地方自治体である三重県が、どの程度行う必要があるか、また、どのように行うかについて、民間と行政、行政でも国、府県、市町村の役割分担の中で検討を加えてみる。なお、これを考えるにあたっても、現在の役割分担ではなく、将来の地方分権を見据えた役割分担を考えなくてはならない。
 まず、主に民間の期待すべきは、
 (1) 汚染源対策の実施のうち、低排出施設・設備の開発、防止技術の開発、防止装置の開発(ダイオキシン、環境ホルモン①②③)
 (2) 汚染源対策の実施のうち代替物質等の開発(環境ホルモン①②)
 (3) 汚染地対策の実施のうち除害方法の開発(ダイオキシン、環境ホルモン①②③)
 (4) 環境汚染実態(地域)の調査のうち、検査の実務(ダイオキシン)
 (5) 環境汚染実態(人体、食品)の調査のうち検査の実務(ダイオキシン)
 次に行政の内、国に期待すべきものは、
 (1) 情報収集のうち、海外情報及び毒性情報の収集と、それらの情報の科学的裏づけの確認(ダイオキシン、環境ホルモン①②③)
 (2) 評価試験法(判定方法)の策定の推進(環境ホルモン①)
 (3) 評価の実施(環境ホルモン①②)
 (4) 許容限度の策定(環境基準、排出基準環境に関する基準、食品残留基準等人体摂取に関する基準、影響評価基準)(ダイオキシン、環境ホルモン①②)
 (5) 食品残留基準等人体摂取に関する基準の見直しの必要の有無の検討(環境ホルモン③)
 (6) 汚染源対策の実施のうち代替物質等による使用の中止、使用量の低減・使用範囲の制限(環境ホルモン②)
 そして、行政の内、市町村に期待すべきものは、
 (1) 総合的な情報の住民への提供(ダイオキシン、環境ホルモン①②③)
 (2) 環境汚染実態(地域)の調査の実施(ダイオキシン、環境ホルモン②③)
 (3) 汚染地対策の実施のうち除害の実施(ダイオキシン、環境ホルモン②③)
 最後に、行政の内、府県に期待すべきものは、
 (1) 総合的な情報及び情報の科学的裏づけの確認(国の業務を除く)(ダイオキシン、環境ホルモン(①②③)
 (2) 測定方法の開発(環境ホルモン①②)
 (3) 測定方法の高度感化(環境ホルモン③)
 (4) 汚染源対策の実施のうち、低排出施設・設備の普及、防止装置の普及(ダイオキシン)
 (5) 環境汚染実態(人体、食品)の調査(ダイオキシン、環境ホルモン②③)
 (6) 影響評価の実施(環境ホルモン②③)
 (7) 市町村に期待すべき事項のうち、実施できない市町村への協力(代実施)
 以上のことは、地方分権を踏まえた業務の分担であり、現実に今、対応可能なものとは異なる部分がある。例えば、住民への情報提供は、本来ならば市町村の業務である。しかし、現状、政令市や中核市ならともかく、対応できない市町村も多いことから、「市町村の業務を代行して」県も行うことになる。勿論、個々の市町村が出来る範囲のことは、十分協力しつつ実行してもらう必要がある。同様の事例として環境汚染実態調査の実施があるが、これは、府県を越えて国(環境庁)が実施する可能性もある。また、これらとは別に費用のことがある。費用も本来は該当する業務の担当機関が負担するのが順当であるが、現実の財政状況を鑑みると多くを国に依存せざるを得ないのが実状であろう。

4. 三重県における施策の具体例

 これまでのことを踏まえ、箇条書きではあるが、以下のことを提言する。
 (1) 環境影響調査のうち、特に生体、生態系に関するものは、長期間に及ぶ息の長い、また確実に成果が得られるとは限らないものであるから、自然保護団体等NPOとの協力、また、科学的観察方法の修得等のため大学等の研究者との連携、情報の交換ができる場を設定する必要がある。
 (2) 情報の公開は、県が調査したものとあわせて、県が収集した情報についても極力実施する。ただ、この場合、情報を一定の場所に集約させた後、相互に一定の検討を加え、必要とあらば、直接、発信元に確認を取るなどの信頼性の確保が求められる。また、その公開方法も、ホームページに限らず、常にパンフレット等活字においても行い、電話相談窓口の開設等、県民が可能な範囲でアクセスできるようにする必要がある。
 (3) ダイオキシンについては、その環境回復事業の可能性(方法、費用の検討)を開始し、企業、市町村から依頼にどう対応するかの検討を始める必要がある。
 (4) ダイオキシンについては、その汚染源対策のうち、低排出施設・設備、防止装置の開発のための研究資金の貸与・技術指導、ダイオキシン測定費用の補助を行い、施設・設備・装置の開発を促進する。これは、新たな環境産業の育成の意味あいも持つ。(ダイオキシンの測定には、多額の費用がかかる。ダイオキシン発生の監視には当然測定が必要であるが、更には防止技術、除去技術の開発にも測定が必要であるため、測定を廉価に行えるよう資金的配慮を行うことは重要である。)
 (5) ダイオキシンについては、その汚染源対策のうち、低排出施設・設備の普及、防止装置の普及のための特別優遇貸出の実施等の資金援助及び技術援助、ダイオキシン測定費用の補助を行う。これについては、かなりの費用を必要とする場合があり、国への働きかけを強める必要がある。
 (6) 環境ホルモンのうち工業製品、人体、食品又は環境中での測定方法が未だ確定していないもの(①②)については、県研究機関での開発を進める。(国は、環境ホルモンの毒性評価等の試験方法、環境ホルモンを確定させる研究を推進し、さらには民間の代替物質研究を推進させる必要がある。)なお、これについては、全国的な重複を減らすため、情報交換を積極的に行う必要がある。
 (7) 環境ホルモンのうち工業製品、人体、食品又は環境中での測定感度が求める程度に至っていないもの(③)については、県研究機関での開発を進める。そして、可能ならば、より簡易、廉価に実施する方法を模索する。
 (8) ダイオキシン及び環境ホルモンの中でもほぼその評価が確定したもの(②③)について人体、食品に対する環境汚染実態の調査を行う必要がある。なお、検査機関としては、ダイオキシンについては民業の育成という意味から民間に、環境ホルモンについては、未だ検査法が確定していない現状から考え、住民への信頼度からも公的検査機関で行う。なお、これらは民意を受け、国(厚生省)が実施する可能性もあるが、その場合でも実働は府県に依頼される可能性が高い。
 (9) ダイオキシン及び環境ホルモンの中でもほぼその評価が確定したもの(②③)について環境中(地域)に対する環境汚染実態の調査を行う必要がある。本来、これは市町村の業務ではあるが、県が代行して行うことになる可能性が高い(市町村との調整必要)。なお、検査機関は、(8)と同様。また、これらも民意を受け、国(環境庁)が実施する可能性もあるが、その場合でも実働は府県に依頼される可能性が高い。
 一応、思いつく範囲で、三重県における施策の可能性について記載した。これらを考えるとき忘れてはならないのは、県民が、この問題について地方自治体である三重県に求めているのは、「具体的」「実効ある」行動であるということではなかろうか。