1. 松岡町における子育ち環境と幼稚園・保育園問題の表面化
昨今の子どもを取り巻く社会環境は、核家族化や女性の社会進出の増加に加え、出生率の低下による少子化が一段と進むなど大きく変貌している。そうした中で、現代の幼児教育は、文部省所管の幼稚園と厚生省所管の保育園とに二元化されており、それぞれ目的と機能を異にしている。このため、共に相寄れないところがあったり、相反発する存在のごとく考えられがちであるが、こうした考えは「子どもを主体者」という視点に立てば随分矛盾しており、本当に幼児教育にとってこれでよいのだろうかという疑問を抱かざるをえない。
さて、福井県松岡町は、人口10,464人の小さな町で、公立幼稚園2ヵ所、公立保育園が4ヵ所を有している。近年は、公立大学や専門学校が建設され、また新興住宅も増え近隣市町のベッドタウン化してきており、現在は、児童数も減ることなく一定の数を保っている。
しかし、松岡町においても、4、5歳になったら就学前教育を幼稚園で、という従来からの考え方に対し、若い保護者の考え方の相違、また共働き・核家族世帯の増加等から、次のような形で幼稚園・保育園問題が現われ始めたのである。
① 地域により異なる保育体制(3つの地域にそれぞれ異なった保育形態)<図1参照>
吉野地区 学校併設の保育園(4、5歳児)のみ
松岡地区 幼稚園(5歳児)と保育園(3ヵ所)が並存
御陵地区 保育園のみ(1ヵ所)
② 延長保育の増加
③ 授業料と保育料の格差が大きい。
④ 3~5歳児の一貫した幼児教育の希望が増加
⑤ 保護者の選択の戸惑い
⑥ 幼稚園の保育時間が短いため、保護者の勤務を常勤からパートに切り替えなければならないことから、保育園入園が増加
⑦ 幼稚園児の児童クラブ入会を廃止
平成10年度までは、午後2時に降園する幼稚園児も受け入れていたが、上の子は幼稚園で午後2時まで、下の子は保育園で午後6時までといった矛盾が生じていた。保育に欠けるのなら上の子も保育園にいた方が子どもにとってよいのではないか(二重保育にならないか)との観点から平成11年度から廃止。
⑧ 保育園の5歳児教育が充実
5歳児の保育園入園が増加してきたため、4、5歳児混合保育を単独クラス化した。
こうした中で、幼稚園と保育園が並存する旧松岡地区においては、平成11年度の幼稚園・保育園の児童数が次のとおり一挙に逆転することとなった。
<表1> 旧松岡地区における入園児童数の推移(5歳のみ) |
(単位:人) |
|
平成7年度 |
平成8年度 |
平成9年度 |
平成10年度 |
平成11年度 |
幼稚園 |
76 |
67 |
48 |
49 |
23 |
保育園 |
2 |
1 |
7 |
7 |
58 |
そこで、同じ松岡町に住む子どもでありながら、幼児教育を受ける条件に差があってはならないことを基本的思考として、「子ども主体」の視点に立った幼児の系統的な人間形成の基礎を培う、松岡町に合った一元化を考える必要がある。そのためには、「環境の整備」、「教育・保育内容の統合」、「子育て支援」、「地域により異なる体制の平等化」等の改革に早急に取り組む必要性に迫られたのである。
2. 幼保一元化に向けた取り組み
国の行政が二元化されているように、当町でも教育委員会と町民生活課に分かれ平行線をたどっていたが、平成10年頃から「本当に子どもにとってよい環境とは何か」とお互いが歩み寄り、教育長、担当課長、小学校長及び各園長などが話し合い、先進地視察などを行ったうえで、平成11年4月、保育園側代表、幼稚園側代表、行政側からなる幼児対策室を設け、「平成12年度一元化スタート」をめざし具体的準備に着手したのである。
1. 幼児対策室 ― 町民生活課主幹(保育園側) 幼稚園長(幼稚園側)
〃 (行政側)
① 幼稚園・保育園の実態調査及び研究
② 幼児教育推進に関する具体案の企画・立案
③ 幼稚園・保育園の助言・指導
④ 関係機関への連絡調整
2. 幼児対策理事者会 ― 町長、助役、教育長、町民生活課長、学校教育課長、幼児対策室
① 幼児教育の取り組み行程についての協議
② 幼稚園・保育園改革について協議
③ 県教育委員会、児童家庭課への説明
④ 幼児教育審議会委員についての協議
⑤ 町議会に向けての資料の協議及び説明
⑥ 町民、関係者職員に対する説明会の協議及び説明
3. 幼児教育審議会 ― 教育委員長、町議会代表、学識経験者、民生委員代表、女性ネットワーク代表、幼稚園・保育園保護者代表、行政代表(助役、教育長)
幼児教育特別審議会 ― 上記の関係者に加え、各幼稚園・保育園の園長及び保護者代表2名、
① 幼稚園・保育園改革の具体案の審議
② 幼稚園・保育園の実施要綱の審議
③ 松岡町の幼児教育推進に関する答申書の作成
◎ 会議の流れ
各級機関では、教育と養護を兼ね合わせた保育内容の中で、幼児自らが成長しようとする力を伸ばし、調和のとれた豊かな人間性を備えた子どもを創りあげていくことをねらいとした幼児教育の推進と、町民の多様なニーズに応えていくために、熱心な協議・審議、視察研修などが行われた。幼保一元化の案は、4案まで審議され、第4案を基盤としたものに地域や保護者・保育者のニーズをできるだけ取り入れたかたちで松岡町の幼児教育の新体制案が完成し、11月にようやく答申が出された。
答申を受けた新体制については、各地域や幼稚園、保育園で説明会を開催し、関係者に啓蒙するとともに、現場に即した細かな具体的問題への対処方針などを幼児対策理事者会で協議・決定し、平成12年4月からの「一元化」がスタートしたのである。
3. 松岡町の幼保一元化の特徴
(1) 建物の共用による一元化
多様なニーズに対応できるよう、幼稚園と保育園の施設運用の共用化など、地域の実情に応じた弾力的な運用を図り、保育の内容運営が工夫され現在の施設の有効利用を図れるようにする。
(2) 幼稚園児と保育園児の教育内容の一元化
0~2歳児を幼児保育の部、3~5歳児を幼児教育の部とする。
(3) 職員の人事交流による一元化
20年前から職員の交流はあり、研修会や行事等も合同参加しており、幼稚園教諭・保育士の格差はない。<表2参照>
(4) 保育料・授業料の一元化と弾力化
幼稚園・保育園の3~5歳児に対する保育サービスが同一ならば、保護者負担も均一化する。ただし、料金の軽減を行うなど弾力的な運用を図る。0~2歳児の保育料は国基準に準じ階層別にする。緊急一時保育にも対応する。<表3及び表4参照>
(5) 保育時間の一元化と弾力化
保育園は、午後6時ないし午後7時までとし、幼稚園は午後4時までとするが、家庭事情に合わせて保育時間の弾力化も行う。<図2参照>
(6) 3~5歳児の3年保育による幼児教育の一元化
3年間を通した保育の中で幼稚園も保育園も基本方針は同じとし、どの施設を選んでも、施設の相違九分を生かし特色を出しながら保育し発達過程に到達するところは同じ。そのために、幼稚園教育要領と保育所保育指針を取り入れたカリキュラムを幼稚園・保育園が協力しながら作成した(保育所保育指針では、年齢別・5領域のカリキュラムになっているのに対し、幼稚園教育要領では、5領域を踏まえてはいるが、入園から卒園までのおおまかなカリキュラムとなっているため、細かくする必要があるのかという葛藤があった。しかし、小学校でも年齢別になっているとの指摘もあり、細かいカリキュラムが一応完成した。)。
(7) 小学校との連携
小学校との連携は、幼児の系統的な発達などを考慮して、お互い理解を深めるようにするとともに総合的指導の流れが一貫したものとする。
4. まとめ ~ 幼保一元化のメリットとこれからの課題
この体制を始めるために、町財政の負担増及び職員増や事務の煩雑化が予想されたが、町の理解のもと本年4月から無事スタートさせることができた。しかし、新体制1年目ということで、本年度の幼稚園と保育園の園児数のバランスは均等になっていない。この体制は移行期であり、3年先をめざして完成させたいと考えている。また、幼稚園・保育園の職員で、土曜日の午後などを利用して、新体制を充実させるべく、また資質向上のため研修を重ねているが、なかなか時間が取れない等の問題点も残されている。一元化のメリットと今後の課題を現時点で例示すると下記のとおりである。
メリット |
○ 幼稚園と保育園の垣根がなくなり、それぞれの利点を取り入れた保育ができる。特に、午後の保育で一部、外部講師を取り入れたことは、幼児にとっても保育者にとっても新鮮であり効果をあげている。
○ 幼稚園・保育園の内容的なものについて助言・調整を幼児対策室で行うため統一性が図れる。
○ 小学校との連携により系統的な幼児教育が実施できる。
○ 保育者としての意識向上のための研修が合同で行われるため、自分の保育に対する評価が得られやすくなり学習意欲が高まってきている。
○ 就学前教育がより適切にできる。
○ 3~5歳児の授業料・保育料が均一化されたことは保護者に評価されている。
○ 利用時間により料金が設定されていることは時間のけじめがつく。 |
こ れ か ら の 課 題 |
○ 一元化により町財政の持ち出しが多い。
○ 保育事務が複雑になった。
○ 12年度は移行期間のため各園の入園数にばらつきがある。
○ 臨時職員の賃金アップが必要である(正規職員同様の勤務体系にしたい)。
○ 保育時間の延長は研修機関への参加ができにくくなる。
○ 土曜日の自由登園を1~2園にまとめることも必要である。
○ 保護者は改革前より高度な保育内容を望むため、保育者の資質向上の研修がかなり必要となる(研修時間の確保のためのネットワークづくりが必要)。
○ 捕食給食から完全給食への切り替えも保護者から望まれている。
○ 幼稚園・保育園職員を同じ待遇にすることが望ましいが、文部省と厚生省に所管が分かれているため待遇に少々違いがある。
○ 午後の活動に特色を出すため、有効な外部講師の利用が必要となる。
※ 当町では以前より合同研修をしたり、人事交流を行ったり、幼児の交流・合同行事をしていたので、一元化によってそれほど混乱はないようである。しかし、保育指導の面で多少の違いがあり、公開保育などでその違いが表面化することもあるが、それがまた勉強にもなっているところである。
いつも「子どもが主体者」という原点に戻った考えをもつことが保育者として大切であることを忘れてはならない。 |
スタートして半年近く経ったが、まだまだ暗中模索の状態である。
幼児教育は、幼稚園や保育園という器でなされるものではない。幼児にかかわる社会環境、人間環境そしてよりよい教育内容等によってなされるものではないだろうか。そう考えると、これから出てくる諸問題に対し、保育者や行政、そして地域がどう関わり対処していくかが今後の課題である。
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