1. 直接請求運動の終結にあたって
八王子市に、良い介護保険を、高齢者が安心して過ごせる福祉を、と願い、高齢者福祉に関わってきた12団体と個人が集い、経験と知恵を集めて、高齢期の最大の問題である介護を焦点に、高齢者介護基本条例案をつくり、28,000名の署名を得て、昨年11月に、直接請求した。
しかし、市民の期待が大きいにもかかわらず、直接請求として提案された市民条例案について、市長は、否定の意見を付して議会に諮った。議会では、継続審議が続き、結局2000年6月22日、市議会で市民案は否決されてしまった。趣旨、目指す方向に異論はないと、市側、保守派議員も述べていたが、市の法規範とすることには、厚い壁があり多数の市民の期待を実現するに至らなかった。
他市の一例として、国分寺市の条例では条例の前文には、高い志を感じさせる「個人の尊厳、尊厳にふさわしい自立した生活、幸福追求の権利の一環としての介護サービスの選択、そしてノーマライゼーション」などが明記されている。しかし、私たちが住んでおり、また住み続けようとしている八王子市の介護保険条例には、このような志が欠けている。八王子市の介護保険条例は事務手続き規定中心の条例として制定されてしまった。複雑な介護保険を運営するには、事務手続きは、整備されなければならない。しかし、それにとどまってはならない。私たちは、介護保険の保険者すなわち運営主体である市が単なる事務処理センターとなり、事務処理とそれに伴う事情解説をするだけのものになってしまうことを最も恐れる。
2. 直接請求で求めたもの
高齢化社会の基本的課題であり、私たちと家族の、現在の、または遠くない将来の、生活の不安である介護を中心に、高齢者の福祉施策をみると、八王子市は、都下の他地域に比べ、全体としては、かなり後れている。介護保険が始まっても、基盤整備が間に合わないのではないかと心配であった。八王子市の高齢者福祉を前進させ、よい介護保険を実現したいというのが、私たちの基本的な願いであった。
そのためには、基本条例といった政策の向かうべき方向を定める、確固とした法的規範を設けることが必要であることに、志を同じくした私たちの考えが一致した。こうして、八王子市高齢者介護基本条例案の直接請求に行うための機関を設けることとした。介護保険事業等協議会は、市民が参加して政策を立案し、実施をフォローするなどの機能をもつ協議体であった。専門家中心の評価委員会は、サービスの質の向上を目指した。オンブズパーソンは、苦情処理と権利擁護のための権威ある役とした。最後に、近隣での互助の実現として、高齢者見守り訪問員を設けた。これらが、条例案の主要な内容であった。
議会での質疑応答を顧みると、市が、内容、方向としては、直接請求を理解するとしつつ、条例化を拒否したことは、権利・原則の確認の上で、方向を定めて事業、施策を運営しようとする姿勢がないことを示している。いわば、海図なしに、航路を定めず、漂流を始める船のようである。また、国の定めたところを実施することで、充分とも言っている。市民のため、自治体として独自に判断して、良い制度を作り、介護保険、高齢者福祉を前進させようとする当局の意欲に疑問を感じさせるものであったといわざるをえない。
しかし、市の介護保険条例総体は手続き条例となったが、手続き条例を超える規定が2項目ではあるが定められた。その一項目として運営方針の前文に「介護保険を透明・円滑に行うため、実施体制を図り、市民からの相談、要望、苦情等を迅速に処理し、市民参加を進め、その他必要な措置を講ずるものとする。」とした。そして二項目として、市長の諮問機関として介護保険事業の適正、公平な運営、保険給付、介護保険を補完する給付に関することを審議する「八王子市介護保険運営協議会」を置くこととされた。市民参加の場として、運営協議会が置かれ、特に、補完する給付も扱いうることになったことは評価できるものである。
3. 地方自治を巡って
介護保険は、地方自治の試金石と、しばしば言われてきた。しかし、厚生省は、膨大な規定や指示を出し、極めて重要な決定をタイム・リミットぎりぎりで行ってきた。全国的な統一性のある制度を短期間に整えるには、やむをえなかったのかも知れない。しかし、地方自治は大きく制約されることとなった。実際上、自治体が決めうることは、給付のいわゆる上乗せ、横出し、保険料、これらの基礎となる介譲保険事業計画、基盤整備に関すること、国が決めた枠内での具体的・個別的決定、国が触れていない事項などに限られた。給付の範囲・限度を決め、保険料を徴収するには、条例も必要であるが、厚生省は、条例準則を定めていた。その内容は、手続き的なものに限られていた。手続き的事項も、全国共通の方が便宜なものもある。罰則は、共通でないとむしろ問題である。しかし、条例制定は、限られた自治を、いわば総括する位置を占めている。私たちの介護保険基本条例案は、準則に定められているような、制度上、技術的、事務的に不可決な部分に、取り敢えず立ち入らず、国が触れていない、権利や原則、それを実現する機構を置こうというものであった。国が定めている原則等を再確認することを行った自治体もあるが、これは、その原則などを、自治の立場で重視していこうとする態度を示すものであって、不要な重複では決してないと理解される。
すでに触れたように、議会での質疑応答では、市は、国が法律で定め実施するところに従うことで充分との見解であり、オンブズパーソン、評価制度なども、国や都の指示待ちの姿勢であった。これでは、地方自治の精神を忘れたことになるのではあるまいか。確かに、国や都の意向、モデルを参照する意義はあろうが、90年代に入って以降、福祉の施策は、基礎自治体に委ねられてきた経過をも考慮すると、市の状況、実態に即し、実際経験の上に適切な制度を、自治体の選択として、導入することが必要と思われる。
議会審議の中では、直接請求が、政治信条を超えた広い層からの署名によってなされたと推測されたのに、一般質問などで、いくつか会派の議員から発言があったものの、実質審議の行われた委員会では、(その構成の条件もあって)これを支持していただけに社民・生活者ネット対市の論議の図式となり、他の会派は、ほとんど第三者のような格好となったのは、残念であった。条例制定や予算の承認は、市民から直接選ばれた議員にとって最も重要な仕事である。市民が、条例制定という重要な事柄に、自治の主体として参加したいとの願いをもって直接請求した今回のような場合、何らかの形で、議会が市民と対話したり、条例制定を行うことができる議会として、それに相応し何らかの独自の動きがあってもよかったのではないかと感じられた。
一方、非公式ではありながらも、市議会の厚生水道委員会との会合を設定し、意見交換をして頂いた関係者に請求者側としてお礼を申し上げたい。しかし、慣例などはあろうが、参考人招致や、希望した請求者側、市側と議会の非公式会合も実現しなかったのは残念であった。今回の一連の過程を顧みると議会と市民の相互関係のあり方について、高齢者介護に限らず多くの課題があることが市民側からは明確になったと思える。
直接請求の条例案では、市民参加を謳い、これは、市の条例にも規定された。これは、一応、地方自治の前進ともみられる。市民が政策の意思決定の過程に参加することは、国レベルで介護保険法の成立過程で、介護保険事業計画策定に関して、認められたものである。市の運営協議会の市民公募はすでに行われたが、「市側にとって都合のよい人のみが選ばれるおそれもある制度」になっていることは残念であり、その改善は引き続く運動課題である。
4. 私たちはうったえる
八王子市の介護保険制度は、八王子市介護保険条例を法的枠組みとして発足し、3ヵ月を経過した。直接請求が否決され、被保険者の権利、運営の原則をもたないままである。これらを実現すべく構想された組織に類似したものの必要性は認められたようであるが、制度化はこれからである。
この3ヵ月では、介護保険の利用者の多くは、以前から、高齢者福祉サービスを利用していた人であると推測され、制度切り替えにともない、自己負担の増加をはじめ、各種の問題がでている。また、ケア・マネージャーは、事務処理、給付管理に追われ、本来の役割を充分果たす余裕がない状況である。早く制度発足時の混乱が沈静化することを期待する。
条例直接請求の運動は終結するが、上記の状況のもとで私たちは、市が次のような措置を取るように、うったえる。
① 介護保険の問題点のみ顕著な状況であるが、それらに関わる苦情、不満、要望を適切に処理することが必要である。このため、オンブズパーソンの実質をもつ役を至急に実現してほしい。私たちは、直接請求でそのモデルを示したので、そこにある考え方を充分考慮してほしい。
② 運営協議会を開き、生じている問題を分析するとともに、介護保険が本来意図したように機能するため、何か必要なことがあるか、あれば、その内容を明らかにしてほしい。この際、自己負担が重くサービス利用を控える傾向や、保険料徴収が始まると発生が予想される滞納などに関連し、低所得者対策についても検討事項としてほしい。
運営協議会は、公開し、資料、議事録を容易に閲覧できるようにしてほしい。
③ 居宅サービス事業者、介護保険施設、居宅介護支援事業者について、必要な基本情報を提供し、利用者の選択が容易になるようにしてほしい。
④ ケア・マネージャーが、その本来の機能を果たしうるように、必要ならば、そのグループに助言、支援を行って欲しい。
3の各事業者の連絡会議または、サービス種類別の連絡会議の形成を支援し、当面、情報交換、競争を損なわない協力、相互評価が行われることを目指してほしい。
⑤ 介護保険と、介護予防事業、生活支援事業のあるべき関係について、運営協議会で検討してほしい。また、かかりつけ医、保健活動との連携についても検討してほしい。
⑥ 「支え合いのネットワーク」が、有効に機能するよう構成してほしい。ボランティアなど役割の中心となる人は、少なくとも、緊急時の対応、プライバシーの尊重など基本事項について研修を受けていることが必要と考える。
5. 今後の運動
直接請求実行委員会は、2000年7月3日をもって解散しましたが、更に介護保険や高齢者福祉問題を市民として捉え、地域社会の一員として活動する市民団体を9月中に結成することとなりました。
今日まで私たちの運動を支えて頂いた多くの市民や関係者の皆さんにお礼を申し上げるとともに、新たな運動へご参加・ご指導をお願いいたします。
八王子市民がつくる「高齢者介護基本条例」
直接請求実行委員会代表 嶺 学
「市民参加で八王子の介護保険をつくる会」
98年9月 |
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「市民参加で八王子の介護保険をつくる会」準備会で講演会開催 |
10月 |
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「市民参加で八王子の介護保険をつくる会」第1回会合 |
99年3月 |
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市議会議員立候補予定者アンケート実施 |
4月 |
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高齢者介護に関する条例案づくり始める |
5月 |
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講演会「介護保険と市民の暮し」開催 |
8月 |
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「つくる会」の活動がNHKニュースで紹介される |
※ 以後実行委員会として活動 |
「八王子市民がつくる高齢者介護基本条例直接請求実行委員会」の活動経過
1999年 |
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9月2日 |
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「市民参加で八王子の介護保険をつくる会」で講演会 |
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「介護保険スタート間近」開催。橘先生講演。「八王子市民がつくる直接請求実行委員会」立上げ |
9月10日 |
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直接請求代表者証明申請 |
9月20日 |
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代表者証明書交付・事務局会議 |
9月21日 |
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直接請求署名収集開始 |
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第1回「八王子市民がつくる高齢者介護基本条例直接請求実行委員会」を開く |
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この間、読売新聞、NHKなどが取材、放送 |
10月20日 |
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直接請求署名収集終了 |
10月24日 |
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都多摩社会教育会館で活動報告 |
11月1日 |
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第2回八王子市民が作る高齢者介護基本条例直接請求実行委員会 |
11月11日 |
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市議会議長等に条例案の内容を説明 |
~15日 |
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各市議に条例制定の要請文、説明文を配布 |
11月24日 |
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署名簿返付(1,821冊) |
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市民案を直接請求(署名簿を市長あて提出、後藤助役に説明) |
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署名総数 28,272名、有効署名数 26,975名 |
11月26日 |
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第3回八王子市民が作る高齢者介護基本条例直接請求実行委員会 |
12月3日 |
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波多野市長が市民案に否定的意見をつけて市議会に提出 |
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実行委員会から厚生水道委員会に「意見と要望」を提出 |
12月4日 |
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本会議傍聴 |
12月7日 |
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厚生水道委員会で市民案が継続審議になる |
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厚生水道委員会傍聴者多数で委員会室に入りきれず |
12月20日 |
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市長候補者予定者に介護条例アンケートを実施 |
2000年 |
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1月11日 |
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アンケート結果のプレス発表 |
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直接請求代表者が厚生水道委員会と懇談 |
1月28日 |
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第4回八王子市民がつくる直接請求実行委員会 |
2月6日 |
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厚生水道委員会で市側が市民が参加する運営協議会、相談窓口の条例による設置を行うと発言 |
2月7日 |
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実行委員会代表、黒須新市長に面会 |
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内容を文書で各市議会議員にお知らせ |
2月18日 |
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第5回八王子市民がつくる直接請求実行委員会 |
2月20日 |
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実行委で「住民が選択した町の福祉『問題はこれからです』」の映画会 |
2月22日 |
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市側の条例案が示される |
2月25日 |
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市の条例案に市民案を反映させるよう市議に要望書を配布 |
3月6日 |
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市の条例に市民案の反映を求めてプレス発表 |
3月31日 |
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市の介護保険条例公布(運営協議会項目入る) |
4月12日 |
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実行委「介護保険開始以降の高齢者福祉について」市長に要望書 |
5月8日 |
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事務局会議 |
5月11日 |
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塚本高齢者相談課長から4月12日提出の要望書に回答 |
5月25日 |
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厚生水道委員会で市民案が否決される |
5月26日 |
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記者クラブを通じて各報道機関に市民案の内容がほとんど議論されずに厚生水道委員会で否決された事について文書を配布 |
6月22日 |
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第2回定例会議本会議で市民案賛成10、反対29で否決 |
7月3日 |
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実行委員会を解散。市と市議会あて要請文送付。プレス発表 |
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