阪神淡路大震災から5年―第6回都市環境フォーラムの取り組み

兵庫県本部/神戸市職員労働組合・建設ブロック協議会


 大都市共闘建設部会は、労働組合の立場から建設行政、まちづくりにかかわって自治研活動や政策要求づくりに取り組んできた。近年、「環境」、「ひとにやさしい」が様々な分野でキーワードとなっており、建設部会もまちづくりを進める際に「環境」、「ひとにやさしい」を重要な視点として取り組んできた。特に、建設部会独自の自治研フォーラム運動として10年前から隔年で「都市環境フォーラム」を開催し「河川と環境」「道路と環境」「環境に配慮したまちづくり」等のテーマを掲げて論議を深め、新しい課題に対する視点、立場の確立に努めてきた。
 これらの取り組みを通じて、建設部会としては「建設とひと・自然を対立的に捉えるのではなく」、建設事業そのものに「環境、やさしさ」を内包させる建設行政・事業のあり方を追求してきた。
 一方、全国的な地方財政危機のもと、私たちを取り巻く状況は年々厳しくなっている。「環境・やさしさ」に配慮した各種事業はコストアップを余儀なくされているのが現状だが、事業費抑制、人件費抑制の中で思うにまかせず、景気対策による事業予算執行の前倒しなどで多忙をきわめるなど労働条件の悪化すら生じている。
 このような時であるからこそ私たち大都市共闘建設部会は、労働組合の立場から建設行政、まちづくりのあるべき姿、めざすべき方向を現場・職場から探り政策につなげていくために、あの忌まわしい阪神淡路大震災からまる5年を迎えようとしていた兵庫県神戸市において、昨年11月、第6回都市環境フォーラムを開催した。このフォーラムには、政令指定の各都市から100名を越える参加者と地元・神戸市から約80名が参加して活発な論議が行われた。
 今回のフォーラムは、「21世紀のまちづくり」を主テーマとし「震災を契機に」を副題として開催され、改めて阪神淡路大震災を見つめなおし21世紀につなげる歩みと道筋を論議することとした。そのため、それまで5回開催したフォーラムと運営方法を変え、建設部会の各分科会が日程初日に専門的視点を持って被災地・神戸の街の復旧・復興の状況をフィールドワークし、2日目にこの結果を持ち寄り論議を深めるフォーラムとした。
 特に、フィールドワークを行うに際しては、震災当初からそれぞれの復旧・復興の建設現場を担当した行政担当者から説明を受けて現地調査を行い、参加者は行政担当者をまじえて活発に論議した。また、フォーラム2日目の全体会議では、震災当時、救援・復旧に全力をあげた行政の代表として震災復興本部総括局長を務めた山下彰啓神戸市助役(故人)から震災当時の努力と苦労、成果と限界を率直に報告していただいた。
 続いて、6つの分科会代表が初日に行ったフィールドワークの内容を報告し、今後の各都市のまちづくり政策の中に生かしていくことを確認してフォーラムを終えた。
 今回のフォーラムでは、政令指定都市の一つである神戸市が震災を契機として、どのように復旧と復興に向けた建設事業を進めてきたかを検証した。各分科会でも指摘されているが、「21世紀のまちづくり」を進めるにあたっては、計画段階から市民・住民との十分な対話・論議が必要であるということが改めて確認された。また、これからのまちづくりにあたっては、「環境」への視点と「ひとにやさしい」視点を持つことが極めて重要であり、現在の状況ではコストアップを余儀なくされているところであるが、資材の再利用を行い「環境」を重視してコストの低減化を図った道路復旧事例、施設建設にあたって建て替え時期の延長化を図り躯体の再利用によってイニシャルコスト軽減を図り景観をも考慮したクリーンセンター建設事例なども紹介された。個々の事業を検討するなかで「環境」と「ひとにやさしい」事業も低コスト化を進めなければならない。そしてまた同時に、当面は国に対する財源確保の運動を平行して取り組んでいくことが確認された。さらに、分権型社会をめざして財源委譲を求めて運動展開する必要や「事業評価」をどう組み入れていくのか、検討していく課題は多い。
 震災以前に、神戸市において参加型行政が無かった訳ではない。「環境」「ひとにやさしい」行政・まちづくりが進められなかった訳ではない。しかし、阪神淡路大震災の被災の実態と直後の対応、復旧・復興の過程を検証すると不十分であったことは否めなく、市民からの厳しい批判も受けてきた。このような中で、私たちは改めて「参加と協働」「環境」と「ひとにやさしい」を大切な視点として建設行政に取り組んでいくことを学んだ。
 神戸で行われた第6回都市環境フォーラムは、「ひとにやさしいまちづくりは災害にも強い」ことを明らかにし、更に多くの課題に切磋琢磨することを誓い合った。参加者各位とフォーラムをバックアップしていただいた自治労本部、各単組のご協力に感謝する次第である。
 各分科会で取り組まれたフィールドワークの報告は以下のとおりである。

土木分科会
 テーマ「環境に配慮した災害復旧」

 現地調査地区:神戸市東灘区六甲山上 主要地方道明石神戸宝塚線 鉢巻山トンネル

〔はじめに〕
 重要な都市基盤である道路は、国道、県道、市道などの幹線道路、私道に係わらず、阪神大震災において大きな被害を受けた。これらの復旧に際しては、様々な所で「環境に配慮した災害復旧」が行われたが、今回の分科会においては、被災各都市との連携がうまくいき、かつ、環境への負荷を最小限に抑えることのできた主要地方道の復旧についてフィールドワークを行ったものである。

〔被災状況と復旧方法についての行政担当者の解説〕
 分料会のはじめに、神戸市建設局中部建設事務所水池管理課長から被災状況と復旧方法について説明を受けた。
 水池管理課長は、主要地方道明石神戸宝塚線は神戸市域と隣接する芦屋市・西宮市を結ぶ主要道路で神戸の主要観光地である六甲山へのアプローチ道路と位置づけられている。3市の各市界にある六甲東側「後鉢巻山」の北川斜面で大震災による大規模な岩盤地滑りが発生し、延長40mにわたり崩壊陥没したと被災状況を説明した。
 そして、地滑り規模が大きいことから現位置での復旧は工期が長く費用も膨大であることからバイパス道路(土工区間233m、トンネル区間87m)を建設することになった。また、旧道は通行止めをして現状のまま残した。被災個所は神戸市内に位置するが、バイパスルートのほとんどの区間は神戸市域外となるため、災害復旧の実施にあたっては、兵庫県や関係市との調整が必要であったが、早期復旧に向けて行政間においてもスムーズに調整が行われた、との説明を行った。

〔環境に配慮した災害復旧とは-フィールドワーク参加者からの質疑〕
 山上の工事であるが復旧工事で出された残土についてどのように処分したかとの質問があり、担当者から残土処分場が震災で道路も渋滞状況であったことから現場内での処理を行った。また、車止めやガードレールについても再使用したと回答された。
 森林保護をどのように行ったのかとの質問について、森林伐採を最小限に止め、伐採したあとに元の樹種を植林し、芝についても周辺の草花を吹きつけることで環境に対する負荷を少なくしようとしたと答えた。
 また、震災被害と震災からの復旧事業を永く記憶するために、バイパスと旧道との分岐部にポケットパークを設け、現場発生岩を利用したモニュメントと案内看板を設置した。そして、地滑り範囲の手前までの区間を遊歩道として整備し崩壊現場を訪れた人々に地震被害の恐ろしさを伝えている。

〔まとめ〕
 震災時の困難な中で行われた復旧事業を分科会でフィールドワークし、環境を守りながら事業を進めることの意義について再確認し、各都市の今後の取り組みの中で生かすこととなった。

公園分科会
 テーマ「震災とみどり」

 公園分科会は、震災地における公園の利用状況と震災後の公園整備の重点課題について現地調査を行った。
 現地調査地区:① 神戸市須磨区 鷹取公園(JR鷹取駅南西)
        ② 神戸市長田区 大国公園(JR鷹取駅南東)

〔はじめに〕
 地震直後、公園は学校園等とともに一時的避難場所や救援活動拠点として大きな役割を果たした。また、公園はかねてから防災機能の役割を持っているとされていたが、阪神大震災でも大火災からの更なる延焼を防いだ。公園分科会では、震災当時とその後の時間の経過とともに公園の役割がどのように変化したか、神戸市須磨区のJR鷹取駅南の鷹取公園、大国公園を現地調査し今後の公園整備に向けた論議を行った。

〔都市公園の役割と公園整備の課題〕
 分科会当初、神戸市建設局西部建設事務所坂田公園緑地係長から、大災害時における都市公園の役割と今後の課題について説明を受けた。坂田係長は、公園は一時的避難場所や救援活動拠点として利用され、その後は救援物資の配給拠点や復旧活動拠点、仮設住宅の建設地として利用された。大規模公園では、自衛隊や他都市からの救援拠点となり、小規模公園でも従来防災上は不適合と考えられていたが約0.1ha以上の面積があれば被災者の生活支援拠点となりかなり効果があったとの説明があった。
 次に、震災後の公園整備の重点課題について、住宅密集地の公園の不足している地域で被害が大きかったことから、土地区画整理事業(約10ha)や市街地再開発事業(約3ha)などの震災復興事業において積極的に公国を確保する整備計画を進め、財源問題についても国から特段の支援を受けた。また、災害時にすぐに消化活動や救助活動をするために、防災機能の強化につながる耐震性防火水槽や災害時に役立つ公園施設を設置し、公園を身近なものと感じてなじみのある空間にするために、住民参加型公園整備を採用したなどの説明が行われた。
 説明の後、各都市での地域防災計画の現状やボランティアとの関わりなどについて論議を行った。その後、行われた現地調査では、鷹取公園では耐震性防火水槽を視察し、大国公園で震災地の写真と現在の比較を行い、残っている樹木の現状を見て火事の焼け止まりの状況を確認し、改めて災害時における公園・緑地の役割を再認識した。

都市計画分科会
 テーマ「復興のまちづくりの現状と課題」

 現地調査地区:1班 神戸市灘区六甲道駅 再開発・区画整理事業
        2班 新長田駅 再開発・区画整理事業

〔はじめに〕
 都市計画分科会は97年と98年に神戸で会議を開催し「災害に強いまちづくり」をテーマに論議を進めてきた。また、震災時に自治労応援で被災地に入り活動してきたことから、今回のフォーラムの分科会テーマを「復興のまちづくりの現状と課題」とし、震災復興の再開発・区画整理事業を行っている表記2地区2班に別れフィールドワークを行った。

〔復興のまちづくりの課題 ― フィールドワーク参加者からの質疑〕
 参加者の大半が震災後に、神戸を訪れていたことから、復旧・復興のスピードには「目を見張るものがある」と感じた人が多かった一方で、神戸市街地西部の新長田地区では空き地が目立ち地区によって復興のスピードの違いを目の当たりにしたことから「真の復興までに相当時間がかかることが予想される」などの意見が多く出された。
 その他、各都市からの意見として、震災後遺症と不況が重なり自主再建が進んでいない(仙台市)。「災害被災者支援法」の抜本的拡充が必要。事業計画どおり進捗できていない(東京都)。再開発ビルが売れるのか(名古屋市)。などの率直な意見から、大規模公園など災害・緑地の観点でよく計画されている(札幌市)。住民の意見をよく聞いている(大阪市)。電線の地中化・地区計画などで景観に配慮している(川崎市・名古屋市)など復興事業を評価する意見も出された。
 最後に、神戸市から震災直後の95年3月17日の都市計画決定が「住民不在の都市計画決定」と厳しく批判を受けたことから、事業計画時に計画内容を変更する2段階方式を採用し、その決定に際しては「協働のまちづくり」の精神を基本に、「①住民の意向をくみとるため、『まちづくり協議会方式』で事業を進める。②行政の体制不足を補うために、コンサルタント派遣を行う。③地元に密着するために、現地相談所を開設する。」の3本柱で事業を進めてきたことの紹介があり、改めて初動期の住民との対応が重要であるとの認識で各都市の意見が一致した。

〔各都市の課題と今後の取り組み〕
 各都市共通の課題として、自治体財政の厳しさが報告された。
 また、各都市からは、組合区画整理事業で保留地が売れず、事業の見通しが立たない(札幌市)。東京都財政再建プランにより、阪神淡路大震災の教訓で取り組もうとしていた木造密集地域における「防災都市づくり」から撤退、区画整理・再開発事業での「既存事業が収束するまでは新規事業は実施しない」など、まちづくり事業から撤退(東京都)。商業系開発ビルが売れない(名古屋市)。事業評価システムの採用により事業の延長、見通しが立たない(札幌市、仙台市、川崎市)などが厳しい状況が報告された。
 そして、各都市とも環境へ配慮したまちづくり、高齢者、障害者に優しいまちづくりの事業を進めようとしても「お金がない、予算がない」状況にあり、住民ニーズに応えられない事態に陥っていることが明確になった。今後は、自治労に一層結集して「地方財政危機突破」運動を進め財源確保を追求することが確認された。また、「公共事業の評価システム」や「地方分権」によって都市計画行政がどう変化するのか、どう変化していかねばならないか、次回の分科会で論議を深めることとなった。

港湾分科会
 テーマ「環境と人にやさしいまちづくり みなとづくり」

 現地調査地区:① 神戸港中突堤中央ターミナル「かもめりあ」
        ② ポートアイランド中央緑地
        ③ メリケンパーク、震災メモリアルパーク

〔はじめに〕
 わが国の主要な貿易港である神戸港は阪神大震災で壊滅的な打撃を受けた。港湾関係者の懸命な努力で98年5月に完全復旧を果たしたが、おりからの日本経済の不況のもと港勢はいまだに回復していない。港湾施設の復旧において中突堤中央ターミナル「かもめりあ」など「環境と人にやさしい」港づくりを新しい観点とした施設整備がどのように進められたか現地調査を行った。

〔環境と人にやさしい港づくり〕
 分科会はじめに、港湾整備局技術部長から、港湾施設は復旧できたが港勢がいまだに回復していないので、今後は港湾サービスの向上など港の活性化に努力したいと震災以降の現況とこれからの港づくりの説明を受けた。そして、神戸市職・神戸市従から現地調査予定地について説明が行われた後に現地調査を行った。
 神戸港は、1867年の開港後、着実に港湾整備を進め人工島「ポートアイランド」の建設によって国際コンテナ港としての地位を確固としたものとした。ポートアイランド建設当初から環境に対する影響を少なくするよう整備してきたが、ポートアイランド第2期の建設に際しては緩傾斜護岸を採用し、震災以降、海藻類の育成を進めている。
 中突堤中央ターミナル「かもめりあ」の建設にあたっては、障害者・高齢者など全ての人にやさしい施設づくりを視点に建物の構成を単純にし、施設内外の段差をなくし障害のある方とない方の導線・経路を同じにしている。また、スロープ、低カウンター、2方向エレベーター、音声誘導システムなど各所に「人にやさしい」設備が導入された。
 ポートアイランド中央緑地は大規模港湾施設の中央に位置し、市民に親しまれるためのゆったりとした緑地で、芝生ゾーンには樹木チップで整備した園路や下水を高度処理した再生水を利用したせせらぎと池を配置するなど「環境と人にやさしい」施設整備が進められた。
 これらのように、神戸港が震災を契機として、復旧・復興に際し環境に配慮し人にやさしい港づくりを行っていこうとしていることを確認した。

〔今後の課題〕
 各港が港湾整備を進めるにあたっても、「環境と人にやさしい」視点が重要になってきている。しかし、「環境と人にやさしい」施設整備が現状では高コストであることは否めない。各港とも厳しい財政事情のもとにあるが、国への予算要求行動を一層強め「環境と人にやさしい」施設整備が進められるよう財源確保を行うことになった。

現業分科会
 テーマ「震災当時と現在の直営の役割」

 現地調査 神戸市建設局中部建設事務所

〔はじめに〕
 神戸市の建設事務所で直営業務を担当している現業職員は、平常、道路補修工事、道路植栽帯の剪定・清掃等の整備、公園の草刈り・手入れ等を行っている。これらの作業のために建設事務所には簡易な資機材が整備されていた。阪神大震災では、職員自らも被災する中で人命救助などの緊急活動を行った。

〔震災当時の活動を振り返り直営の役割を見直す〕
 分料会では、震災当時、中部建設事務所副所長の重野主幹から、震災当時のビデオを参考にしながら、震災発生から復旧・復興までに行われた建設事務所の様々な業務、特に、分科会のテーマである直営業務に光をあてた業務の説明を受けた。その内容は、人命救助活動に始まり、幹線道路の被災状況調査、避難所その他への食料等の資材運搬、傾いた建物からの落下物に対する安全施策(バリケード等の設置)、通行車両等による交通渋滞対策(復旧に関する車両運搬路の確保)等を行ったとのことだった。
 その後、建設事務所を見学し資機材の配置状況等の説明を受けた。続いて行われた会議において各都市からの参加者と主幹、神戸市従建設支部を交えて質疑応答が行われた。参加者から、住民や区役所・警察署等の機関からの通報・要請等をどのようにしてまとめたのか、また指揮命令系統は?、災害時の出動場所はどこか等の質問が行われ、それぞれ、通報・要請等を受ける窓口は一本化し、指揮命令系統も一元化した。災害時の出動場所は、交通遮断の場合、最寄りの事務所に出動し指示を待つ等、震災当時に行われ、現在マニュアル化されたものについて回答された。
 また、直営業務においてバリケード設置、ガレキの撤去も行ったが、ガレキの集積地として公園を数ヵ所確保して仮置場に利用したが一時的避難場所、仮設住宅との絡みもあり用地確保の苦労が報告された。

〔今後への教訓〕
 震災時に建設事務所にはバールなど簡易な機材しかなく、防災拠点としては不十分であった。大規模災害において人命救助など緊急支援の要請に対応するために、必要な資機材を備えておく必要がある。各都市とも同様の事務所があり教訓をいかしていこうと確認された。
 また、震災当時の活動に見られたように現業・直営の部隊の機動性は高く、その役割は大きいものがある。今後とも、日常業務の点検を行い防災意識を高めていく必要があると確認された。

建築分科会
 テーマ「大規模復興住宅『灘の浜』、第10次クリーンセンターの調査」

 現地調査地区 ① 神戸市灘区 東部新都心・大規模復興住宅HAT神戸・灘の浜
        ② 神戸市東灘区 第10次クリーンセンター

〔はじめに〕
 東部新都心は震災前から大規模工場用地の遊休化にともなう土地利用転換の動きのあった地区を『阪神・淡路震災復興計画』、『神戸市復興計画』のシンボルプロジェクトとして、業務研究機能、国際研究機能、文化交流機能、居住機能を備えた地区として計画され、今回、調査を行った「灘の浜」地区は都市居住ゾーンとして整備されている。
 また、第10次クリーンセンターは、建築後30年を経過し震災でダメージを受けた第5次クリーンセンターに替わるものとして東灘区魚崎浜の東部第3工区の人工島に建設された。

〔大規模復興住宅の建設とクリーンセンター建設〕
 「灘の浜」地区は都市居住ゾーンとして、公団住宅、災害公営住宅一体となったまちづくりが進められ、住宅建設にあたっては、神戸市が兵庫県とともに住宅都市整備公団に設計・施工を委託して整備を行っている。また、大規模敷地の取得に向けた土地区画整理事業も神戸市が公団に委託し住宅建設と平行して事業が進められている。災害公営住宅や賃貸住宅を併せて1866戸の住宅と居住者のための商業・サービス施設や特別養護老人ホームをはじめとする福祉施設とが併せて整備され、新しい都心居住のモデルとなる「すまい・まちづくり」が行われている。
 また、第10次クリーンセンターは、最大処理能力900トン/日で神戸市内最大規模の処理能力を持つ施設として建設されており、周辺からの景観や風害を配慮して初めて屋根を設置し、その屋根に大きなうねりを入れ、波・海を表現している。神戸市ではクリーンセンターの立て替えを建設後30年後を目途に行ってきたが、第10次クリーンセンターは40年先を見越し、建て替えるときには屋根を撤去し現地でプラントを作りなおすようにつくられた。

〔今後への教訓〕
 各都市で住宅建設にかかる手法は異なっているが、緊急時の大規模復興住宅の建設事業として参考となった。また、クリーンセンター建設についても地元住民への建設計画説明・工事説明などとともに次期建て替え期のイニシャルコスト低減化を考慮した建設手法が参考となった。